「灯の暖かさの中で‥‥‥」



今年の夏は長い‥‥‥
暑い暑いと思っていたのに、朝夕になると何処からとも無く聞こえてくる虫の声
季節は移り変わる‥‥‥
ホテルの窓を開けて、耳に飛び込んできた虫の声にふと目を細めて微笑んだ。
「そんな時期なんだ‥‥‥」
鈴虫、松虫‥‥‥都会では聞こえなくなった虫の声
ロケ先で香藤は、その声を携帯の動画で録音をしていたのだった。
都会の騒音の中では、多分鳴いているであろう声は聞こえない。
「でも、其処に居るんだよな」
香藤は思わず呟いた。
その日を堺にして忙しくなりつつある香藤は、時間時間の中で、改めて何か見つけ岩城を喜ばせるものを探していた。
それは、虫の声だったり、咲き始めた秋の花だったり、ふと見上げた先のものだったり色々だった。
自然を体感する‥‥‥以前の自分には信じられない事だった。
イベントとかは好きだったが、それもお祭り騒ぎのできるものであった。
さっきも撮影の合間に見つけた、秋桜をカメラに収めていた時、年配スタッフに感心されたのだった。
これは、岩城と共にいる内に岩城の事をもっと知りたいと思い、無意識に行動を真似したものだったが、解らない事を岩城に聞き話を聞くことも香藤には大事なものだった。
岩城の知る事を、自分も教えてもらい知る事になる。
岩城の考えをしり、自分の考えを岩城に伝える。
いつの間にか、共通の話題が何気ない日常に増えていた。
二人の積み上げた時間‥‥‥そのことが嬉しかった。
「香藤さん、そろそろ休憩終わりますよ」
金子の声が聞こえる。
「解った、すぐに戻るよ。金子さん」
ハッとして、もうそんなに時間がたったのかと驚き、金子に呼ばれた方向に足を進めた。
このロケが終われば、久しぶりに東京に戻れる。
香藤の顔が自然と笑みになる。
周りもそれを見止めて、ほほえましさに笑顔が出てきた。
「じゃあ、がんばろうか。今日中に戻れるように」
監督の声が出演者を引き締める。
静かになった現場で順調に撮影が始まった。


その頃、岩城もまた都内某所での撮影に終われていた。
撮影所の中では季節も先取りのものも多く、今がいつなのかを忘れそうになるのも事実だった。
だから、オフで家に居る時やプライベートの時だけでも季節を感じたいと思っていた。
小さいながらの庭で草木を育てる事は、それに通じている。
最近は花が咲くものも植えたいと思うようになったのは、その地に自分も根付いていいと解ったからだろう。
そして、それは一人では思いつかなかった事だろうとも思う。
共に歩くものが居るから‥‥‥
思い出し笑いでも、優しい緩やかな笑顔にその場の時間が止まったようにも感じ取れる。
岩城の雰囲気が柔らかくなり、演技の中にも暖かさを描く事が出来たのも、この家に引っ越した後だと周りからも言われた。
「岩城さん、次お願いします。シーン38です」
いつもは他の撮影を勉強と見ている岩城が、意識をちょっとだけ飛ばしていた。
香藤が戻ってくる、無意識にその事が作用していたのだろう。
「あっ、ハイ」
岩城はあわててセットの中に入ると、深呼吸をした。
「じゃあ、行きます」
監督の掛け声の元に、撮影が始まり再び季節感のない世界に戻されるのだった。


売れっ子と呼ばれ、仕事が次々と舞い込むようになり始めた。
嬉しい事だが、家に戻る時間が短いと思うようになった。
一人のときでもそうなのに、二人の時間が重なる事はまれだった。
家に居る時に戻ってきた時の嬉しさ‥‥‥
家に帰った時に電気が付いている時の嬉しさ‥‥‥
心がウキウキワクワクとなってしまう自分に苦笑していた。
今日もそうだった。
家が見えた時に、灯りが漏れていた。
それが目に入った瞬間に顔が綻び、車を降りて家に向かう足が速くなる。
そんな様子を清水はクスリと笑って見送ったのだった。





ドアを開けると、室内が明るい。
「ただいま‥‥‥」
少し大きな声を出し、リビングからの返事を待っていたが期待していた声が無かった。
「居ないのか?」
期待していただけに、反動も大きかったようだ。
ネクタイを外しながら、靴を脱ぐとため息混じりで部屋に入った。
今其処に居た気配はあるのに‥‥‥視線だけが姿を探していた。
「あっ、岩城さんだ〜〜〜〜」
不意に後ろよりかけられた声、そして立っていた岩城の肩に回る腕と共にフワリと香るものに、安心し体の力を抜いた。
「居たのか?」
視線を肩に乗せた香藤の頭に向け、聞き返す。
「うん、俺は明日オフだし‥‥‥岩城さんもでしょ?だから、ちょっと夜更かししようって思って準備してた」
香藤は少し力を込めた腕で答える。
「そうか‥‥‥楽しみだな。香藤、着替えたいんだが」
岩城は笑顔で答える。
「岩城‥‥‥さ‥ん」
その笑顔で香藤はノックアウト状態になり、キスを奪った。
「んっ‥んん‥‥‥」
岩城は不意なキスに驚きつつも、嬉しく思える香藤の表現である。
角度を変え深くなりそうな様子にあわてて、止めると不機嫌な顔が其処にあった。
「なんで‥‥‥」
呟くような声で聞き返す香藤に、
「夜は長いんだろう‥‥‥そういったのはお前だろう」
岩城は香藤の額を指でつつくと、腕を放すように促す。
「は〜〜い」
香藤はしぶしぶ岩城を自分の腕の中から放したのだった。
「で、夜更かしの準備は出来たのか?」
開放された岩城は聞き返す。
「うん、あと岩城さんが戻ってきてからって思ったからね。お風呂入るなら、上がったら畳の部屋に来てね」
香藤は思い出したように言い返した。
「解った。楽しみだな」
岩城は呟くような声で言い残し、二階に上がって行ったが、香藤の耳にはしっかりと届いていた。
後に残された香藤の顔は‥‥‥ファンに見せたくないように溶けていたのだった。


二階の部屋から着替えを持って、1階の風呂に向かう。
香藤がお湯を張っているから、ゆっくり浸かって来てねとの言葉に湯船に浸かると、体の疲れが温かいお湯の中で嘘みたいに抜けていく気がする。
これも、香藤が家の中に居ると解っているからだろう。
何をする気なのかわからないが、香藤の喜ばせようとする気持ちも、それが自分にとって嫌な事でないことも解っている。
期待に胸を膨らませ、岩城は体を温めたのだった。
風呂から上がると、着替えの中に綿入れ半纏がおいてありその上に、『畳の部屋に来てね』
とメモ用紙が置かれていた。
新潟に居た頃は、寒い冬に母が作ってくれた記憶がある。
モコモコする綿入れ半纏はある程度の年齢になると、恥ずかしく着たがらなくなるが、年を重ねるとこの暖かさが心地よいものになってくる。
「マメだな‥‥‥本当に」
岩城はクスリと笑うと服を着始めた。
畳の部屋の前に来るが、部屋の中は薄暗かった。
「香藤、入るぞ」
中に居るであろう香藤に声をかけてから障子を引き、部屋に進んだ。
その時、空気を震わすような、かぼそいが凛とした高音を保ち『リ〜〜〜ン、リ〜〜〜〜ン』と微かな虫の音が岩城の耳に入った。
「‥‥‥鈴虫?」
障子を開けたままで岩城は立ち止まり、驚きつつもその声に耳をすました。
ガラス窓側の障子は開けてあり、庭を見えるようにしてあった。
街頭に照らされ、薄暗い中にも外の様子を見て取れる。
薄暗い部屋の中に、ぼんやりとともる蝋燭の灯は、今日の為に出された炬燵の上だった。
「上がった?寒いなら早く入って」
香藤は炬燵に入って、手招きをする。
「本当に、準備がいいな‥‥‥」
炬燵の上にはカセットコンロに土鍋が炊かれていた。
うっすらと湯気の上がる土鍋を挟んで、食器がセットされていた。
「たまにはいいでしょ?炬燵に鍋料理」
香藤の横には、この部屋からなるべく出ないで済むように、アイスボックスと電気炊飯ジャーも置かれている。
「ああ、そうだな。ところで、この虫の声はどうしたんだ?」
岩城は香藤の座る反対の場所に腰を下ろして聞き返す。
「ああ、あれね。ロケ先で聞こえたんで、携帯で録音したんだ。雰囲気あったでしょう」
香藤はコンロの火を少しだけ強くした。
「ああ、驚いた。こんな街中に居るのかってね‥‥‥でも、虫の声を聞くと秋だなって思うな」
岩城は嬉しそうだった。
土鍋の中からは、いい匂いがしてきた。
「でしょう。でも、岩城さんと居ないと気が付かなかったな‥‥‥って思ったよ」
香藤はアイスボックスから、ビール缶を取り出すとコップに注ぎだした。
「そうか?」
岩城は不思議そうな顔で、出されたコップを受け取った。
「岩城さんには普通だった事も、俺には新鮮だったしね。そして、改めて知った事もあるんだな‥‥‥ってね。乾杯しよ」
自分の分のビールをコップに注いで、香藤は顔の前に持ち上げた。
「いいな‥‥‥」
香藤の提案に岩城は自分のコップを持ち上げる。
「乾杯〜〜」
明るい声で香藤はニッコリ笑ってコップを持ち上げる。
お互いに冷えたビールを口元に含むと、待ち焦がれたように鍋の蓋を香藤が開ける。
モア〜〜〜ッとした湯気が広がった後に、鍋の匂いがフワリと漂う。
「美味そうだな」
その匂いをかいだ岩城は、箸を取り鍋の中を覗き込む。
「うん、食べて食べて」
香藤も嬉しそうに笑顔で答えた。
少し薄暗い蝋燭の明かりの下での、ゆっくりとした時間が流れる。


本日は更待月(ふけまちつき)
月が出るまではまだまだ先のこと‥‥‥
月が上がるまで、美味しい夕飯と心地よいアルコール
合わない時間を埋めるように、お互いの近況報告
何時もより多めのお喋りと、ホコホコした時間
月が出たら出たで‥‥‥と
秋の夜長と言われるように、夜を楽しむ二人だった。



           ―――――了――――――

                   2007・11   sasa











おまけ‥‥‥

コタツの中で
ゴソゴソ香藤の足が動き出す。
「おい、何をしている?」
岩城の足先に触った香藤の足に岩城が聞き返す。
「えっ?いたずら」
香藤はにこやかに答える。
「か〜〜と〜〜う〜〜〜!!」
なんとなく解っている答えに、岩城は思わず叫ぶのだった。
「えっ、炬燵って言えば、これでしょう?ねっ」
無邪気な顔で香藤は言い返すと、さらに岩城に触ろうとする。
「あのな〜〜〜」
脱力しつつも岩城は足で応戦し、香藤の足を蹴っては逃げようとする。
「逃がすか!!」
香藤がムキなり、岩城の足を必要に触ろうとする。
「いい加減にしろ!!香藤」
岩城もムキに逃げようとする。
「ああ、もう!!」
香藤はさらにムキになる。
そんな二人を目の下に、ようやく月が上がってきた。
月が天に上がる頃‥‥‥
この二人は仲良く‥‥‥
香藤の思惑道理にて‥‥‥(笑)
そんな秋、深夜の事だった。





こ、炬燵プレイ!?←ここに反応(笑)
香藤くんの細やかな心遣いがすごく素敵ですねv
岩城さんの疲れは完全に癒されていることでしょう
でも本当に仲のよいことで・・・・v

sasaさん、素敵なお話ありがとうございます


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