『花言葉は・・・』




香藤の誕生日を数日後に控えた日、いつもより少しだけ早く帰宅できた。
二人で夕食を取り、ソファに並んでテレビを見る。
たわいない会話をかわしながらも、ぴったりと寄り添い、腕を絡め、時にその頬を擦り付け、微笑み合う・・・
そんな何気ない戯れが気持ち良く、幸せだと思える。
最近、お互いに忙しくこんな時間を持てなかった。
仕事がら忙しいのは良いことだし、相手ががんばっていると思えば自分もがんばれる。
負けたくないと思えばそれが張り合いにもなる。
―――だがやはり疲れていた。
体以上に心が・・・
体の疲れは休めばそれなりに回復できる。
だが、心の疲れ、乾きは他のものでは埋められない。
埋められるのはお互いの存在だけ・・・
こうしているだけで、それはウソのように自分を満たしてくれるのが分かるから不思議だ。

テレビでは旅行番組が流れていた。
特に見たかった訳ではないが、この穏やかな時間を手放したくなくて眺めていた。
「ねぇ、岩城さん。ここ行ってみたくない?」
「ん?」
画面には色鮮やかなツツジの花・花・花
「そうだな。これほど咲いていると見事だな。」
「綺麗だよねー。でも同じピンクでもすごくいろんな色があるんだね。真っ赤なのもあるし、朱色っぽいのもあるし・・・あっ、このグラデーションの綺麗!」
画面を子供のようなきらきらした目で眺める香藤が愛しい・・・
「あっ!真っ白もあるんだ。なんかこの白いの、ブーケみたい。可愛くてすごく綺麗だよね。」
嬉しそうな香藤にこちらまで嬉しくなり柔らかな髪を撫でる。
「ね、岩城さん。ここ行ってみようよ!直に見てみたい!」
俺の肩に凭れ、甘えるように見上げるお前が可愛くて、何でも聞いてやりたいが・・・
「・・・ちょっと難しいな・・。」
「え〜〜何で?!ここなら車で2時間程だしさ。午後からでも行けるでしょ?俺、この花の中に立つ岩城さん見たいよ!いいでしょ?ね?ね?」
俺が渋っている理由を勘違いしているようで必死に懇願してくる。
・・・全く、お前は。
「時期が遅いんだ。」
「へ?」
「だから、もうツツジの時期は終わってるんだ。ほら、画面の下を見てみろ。撮影時期5月初旬って書いてあるだろ?ツツジはせいぜい5月中が見頃なんだ。」
「え〜〜〜〜そんなぁ・・・。あ、でも家の近所で見かけたよ。あれ、ツツジでしょ?」
「ツツジには色々な種類があるからな。これからが見頃なモノもあるが、テレビでやってるような大型のは、ほとんど5月初旬から中旬が盛りなんだ。」
「そうなんだー・・・ちぇ、残念・・」
口を尖らせ拗ねて甘えるようにごろんと寝転がると俺の膝の上に頭を乗せてきた。
「ちょうど俺の誕生日の日、金子さんや清水さんが気をきかせてくれて午後から二人とも休みでしょ。二人で出かけて俺だけの岩城さんの写真取りたかったのにな〜。」
「なんだ、せっかくの誕生日なのにそんなんでいいのか?安い誕生プレゼントだな。」
クスクスと笑う俺に香藤も嬉しそうに目を細める。
「ん〜、そりゃ色々と考えてるけどさ。岩城さんとゆっくり過ごせるのが俺には一番のプレゼントだから・・・金子さんたちもそう思って休み取ってくれたんだと思うし。」
寝転がったまま俺の腹に顔を擦り付けてくる。
ふふ、くすぐったいぞ、香藤・・・
「それに白いツツジの中の岩城さん、絶対綺麗だと思うんだよね。赤とかピンクのツツジの中でも色が白いからもちろん映えると思うんだけど。でもさ、白いツツジってなんかレースみたいで綺麗でしょ。あの中にいたらきっと岩城さんの清楚さとか可憐さがより引き立つと思うんだー。あー、考えただけで興奮する!」
香藤は飽きずにしゃべり続けているが・・・
清楚・・・?・・可憐・・・?
30の半ばも過ぎた男に対する形容詞じゃないだろ、それは・・?
香藤が俺に可愛い、綺麗というのはもう慣れた(それもどうかとは思うが・・・)
愛しい者を可愛い、綺麗と思う気持ちは性別や年齢に関係ないという事を俺も知っているから。
香藤が可愛くて仕方がない。
その動きや肉体に時に見惚れてしまうし、綺麗だと思えるから。
・・・だが、清楚だの可憐だのはいくらなんでも違うだろう・・・
「でさ〜、俺は赤い方がいっかなと思うから赤い方で取って、お互いの待ち受けにしといたら楽しいと思わない?紅白でなんかおメデタイ感じするし。あーー、なんか白い花の中の岩城さん想像したら結婚式の時の白いタキシード姿思いだしちゃった♪似合ってたもんね〜。」
・・・・・・
・・久々に一緒に過ごせたことでこいつもテンションが上がってるんだとは思う。
思うが・・・。
だんだん思考がズレてきてるぞ・・・、香藤。
「・・んふふ、それにあの後。ホテルに戻ってからすごかったよねー♪岩城さんもすんごく感じてたよね?!」
「・・・・・」
「俺だけの白いタキシードを一枚ずつ脱がせていく快感っていうの?たまんないよねー♪うん!やっぱ誕生プレゼントはそれでしょう!白い花の中の岩城さんをゆっくり脱がしていくの。岩城さんの肌がさぁ、白いツツジみたいだったのがだんだん俺の手であの淡いピンクのツツジみたく染まっていくんだよ!く〜〜、考えるだけで燃える〜〜〜!!!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・あ、あれ?岩城・・さん・・・?」
ガバッ!
ゴトンッ!
「!!痛い〜〜!なにすんの、岩城さ〜ん!」
ようやく、無言で青筋立てている俺に気がついて恐る恐る声を掛けてきた香藤を膝に乗せたまま勢いよく立ち上がった。
当然の結果としてリビングの床に転げ落ちた香藤は涙目で抗議してくる。
「自業自得だ!起きたまま寝てるんじゃない!!目が覚めてちょうど良かっただろっ。俺は風呂に行ってくるからなっ。好きなだけ夢みてろ!」
「えぇ〜〜〜、何怒ってんの?岩城さ〜ん。」
すたすたとリビングを出て行こうとしてふいに思い出した。
ツツジの花言葉。
床の上に座り込んだままの香藤に捨て台詞をはいてやった。
「そうだな、ツツジはお前にぴったりだ。誕生日には俺からお前にツツジの花をプレゼントしてやる。ツツジの花言葉を噛み締めて誕生日を過ごすんだな!」
大きな音を立てて、リビングのドアを閉めた。
俺のささやかな幸せな時間を返せ、バカッ!

「ツツジの花言葉・・?どういう意味??」
リビングの床でポカンと考えていた香藤は不思議に思い、自分の部屋でネット検索を始めたのだった。
そして・・・
「っ!〜〜〜んもぉ〜〜〜〜〜!!岩城さんったらホント、俺を殺すのうまいんだからぁ〜〜vvv ――――という事は誕生日はやっぱり・・・あ〜〜〜楽しみ〜〜♪♪♪」



6月9日、二人とも午後からはオフ。
香藤より早く帰宅した岩城は、香藤のためにと不慣れながら料理を作った。
どこかに食べに行ったほうがよほど美味しいのはよく分かっているが、香藤はいつも自分の誕生日には手のかかった料理を作ってくれるし、なにより香藤が喜ぶから。
そして自分も香藤のために何かしてやりたいから。

香藤が帰宅したころには室内にはビーフシチューのいい匂いが漂っていた。
「わぁ、いい匂い。岩城さん、もしかして俺のために料理作ってくれてるの?俺、嬉しいよっ。」
「大したもんじゃないぞ。味も保障はしないからな。」
「大丈夫だよ。だって岩城さんの愛情が詰まってるんだから美味しくないわけないよ♪」
料理中の岩城に後ろから抱きつき、とろけるように微笑んだ。

食卓には岩城の作ったビーフシチューとサラダとパン、それに買ってきた小さなケーキとシャンパンが並んだ。
「誕生日おめでとう、香藤。」
「ありがとっ!岩城さん。」
こうして二人で誕生日を迎えることのできる幸せをお互いに噛み締めながらシャンパンを飲み、料理を食べた。
「―――それから、これ。誕生プレゼントだ。気に入るといいんだが・・・」
「なに、なに?あけてもいい?」
「ああ。」
綺麗にラッピングされた小さな包みを慎重に開けていく。
「わっ。かっこいいじゃん!」
それは鷹をモチーフにしたワイルドでありながら繊細な細工のシルバーのペンダントだった。
鷹の瞳にはムーンストーンが埋め込まれ、鋭い爪でガーネットの玉を?んでいる。
「作家の一点ものらしい。ロケ中に見つけてお前に似合いそうだと思って・・・」
「ムーンストーンとガーネット、俺たちの誕生石だね。」
「・・ああ。偶然なんだろうが、なんだかお前のために作られてるような気がした。それに、お前にはこれからもそんな風に羽ばたいて欲しいと思うし・・・」
「・・ありがとう。ねっ、岩城さん。つけて!」
強請る香藤の後ろに回り、ペンダントをつけてやる。
「嬉しいよ、岩城さん。―――ねぇ、知ってた?ペンダントやネクタイなんかの首を飾るものって『束縛の証』なんだって。」
「束縛の証?」
「そう、自分に縛り付けたいって願望の表れ。」
「そう、なのか・・?いや・・・そうかもしれないな。無意識にそう思ったのかも知れない・・・」
不安げに揺れた岩城の黒い瞳を覗き込み、香藤はきっぱりと言った。
「だとしたら、俺はすごく嬉しいよ。もっと俺を縛って欲しいし、もっと岩城さんを縛りたい。これからもずっとずっと俺の事だけ見てて欲しいから。」
「香藤・・」
香藤の言葉に一瞬のうちに桜色に染まった岩城は、照れくささを隠すようにちょっと改まって言った。
「コホン。そうだ、香藤。ほら、おまけのプレゼントだ。」
「え?」
岩城が差し出したのは真っ白いツツジの中で微笑む岩城の写真だった。
「っ!こ、これ・・・」
「ふふ、ドラマの撮影用のツツジが置いてあったんで取らせてもらったんだ。お前用に赤いツツジの写真も撮ってあるぞ。ほら。――花言葉、調べたんだろう?」
「・・・」
「・・香藤?」
「岩城さん!!」
「わっ!」
写真を食い入るように見ていた香藤がいきなり抱きついて岩城をソファに押し倒した。
「嬉しい〜〜〜vvv やっぱり『プレゼントは俺!』なんだね?!これが一番のプレゼントだよっ。ツツジの花言葉で愛の告白なんて可愛すぎるよ、岩城さん♪」
「はぁ〜?!ちょ、ちょっと待て・・香藤、ちょ、ちょっと落ち着け!ん、んんっ」
貪るようにくちづけられ岩城の抗議はかき消される。
「ま、待て・・んっ、・・・あ!か、かとっ・・お前、花言葉、調べたんじゃないのかっ?・・あっ、ぁあ・・・」
「気持ちいい?ん、俺もたまんない・・・花言葉、もちろん調べたよ。」
「じゃ、じゃあ、なんでいきなりこういう行動になるんだっ!あっ・・・」
「照れちゃって・・・可愛いんだからv ツツジの花言葉は赤が『燃える思い』、白が『愛される事を知った喜び』だよ。この写真、そういう意味なんでしょ・・?」
香藤に似合うのは赤・・・そして白いツツジの中の自分・・・
岩城がその意味を必死に考えている間にも香藤はその手で、唇で岩城を追い上げ、思考を奪っていく・・・
「ち、ちがっ・・・俺が言いたかったのは・・あっ・・かとっ・・・ん、んっ・・ああっ!」

『愛される事を知った喜び』に身を震わせる岩城を、プレゼントに貰った香藤は最高に幸せな誕生日を過ごしたのだった・・・


☆つつじの花言葉 赤;燃える思い、愛の情熱
白;初恋、愛される事を知った喜び
全体;節制

       ※岩城さんの言いたかったのはもちろん全体としての意味
        

                                ちょびち



白いツツジが”愛される事を知った喜び”という花言葉だなんて!
なんて岩城さんにお似合いなんでしょうねv
これから春が来てツツジを見る度ににまにましてしまいそうです〜v
香藤くんのはしゃぎっぷりが可愛いですね!

ちょびちさん、素敵なお話ありがとうございますv