薔薇と生姜湯
「けほっ、けほけほけほっ。……けほん」 騒がしいスタジオの片隅で、それは控え目に続いていた。 「大丈夫ですか?岩城さん。だいぶ咳き込んでらっしゃいますけど」 スケジュール確認の為に席を外していた清水が戻ってきて、心配そうに尋ねる。 「あ、すみません。だいじょ…けほっ、大丈夫です」 胸のあたりを軽く叩きながら岩城が応えた。漸く咳が治まりゆっくりと慎重に呼吸する。 例年より一週間も早く訪れた梅雨前線に寒気が流れ込み、ここ暫く梅雨寒が続いていた。 先月の大半が初夏を思わせる陽気だっただけに、寒暖の差が激しく、体調を崩す者が多かった。 例に漏れず、人一倍体調に気を使うはずの岩城も風邪を引いていた。 「大丈夫、じゃないでしょ?岩城さん」 背後から窘めるような声と共に、ジャケットが肩に掛けられる。 岩城が振り向くと、そこには香藤が立っていた。 「風邪は治りかけが肝心なんだからね。無理しないでよ」 「無理なんかしてないぞ。今のは、…スタジオが埃っぽかったから咳しただけだ!」 ふい、と横を向いた岩城の顔が思いのほか幼く見えて、清水はクスリと笑みをこぼす。 実際、香藤の手厚いを通り越した看病により症状は治まっていた。ただ時折咳き込むと長く続いてしまうのだった。 「ふうん? ま、そうゆうことにしとくけど」 そう言って岩城の膝にストールを掛け、「はい、これ飲んで」と水筒から紙コップに湯気の立つ飲み物を注ぎ、差し出す。 軽くあしらわれたかような物言いにムッとしたが、タイミング良く目の前に出された紙コップに反論の声を奪われる。 「……ありがとう」 結局、渋面のままぼそりと礼を言って受け取り、口をつける。 香藤特製の生姜湯だった。 「あー、やっぱり全然使ってないね。のど飴、沢山入れといたんだよ?喉にスプレーする薬もあるし、うがい薬はこれ」 「………おい」 「マスク入れておくけど移動の時に使ってね。風邪薬も入れといたから」 「………香藤」 「風邪にはやっぱりビタミンC!ということで、これタブレット。飲み込むんじゃなくて、噛じるタイプのやつ。酸っぱいけど我慢して食べてねv」 「香藤!!」 「何?岩城さん」 岩城の傍らにしゃがみ込み、鞄の中をかき回していた香藤が顔を上げる。 その鞄は、今朝、家を出る時に香藤に持たされたものだ。 ちなみにその時清水に向かって、色々入れといたんで熱とか咳とかでるようなら岩城さんに使わせてくださいお願いしますと、香藤は丁寧に頭を下げていた。 あいつは俺のこといくつだと思ってるんだ?とムカついたから、鞄を開けてもいない。…余談だが。 「お前、こんな所で油売ってて、台本のチェックはいいのか?」 「何言ってんの。岩城さんがいるのに、油売ってる暇なんか無いよ。それに台本はバッチリ頭に入ってるってば」 「…そんなに言うんなら、次のシーン、NG無しで終われよ?台詞間違えたら許さないからな」 「言うねぇ、岩城さん。岩城さんこそ咳き込んでNG出しちゃうんじゃないの?」 「なんだと?」 「なんだよ」 睨み合う二人の間で、突然清水の吹き出す声が上がった。 思わず二人揃って振り返る。 「フフフ。仲が良いのもよろしいですけれど、そこまでにしておいてくださいね。」 敏腕マネージャーらしく、笑いながらも、やんわりと釘を刺す。 香藤は「は〜い」と良い子の返事をしたが拗ねたように唇を尖らし、岩城は頬を染めてばつが悪そうに視線を泳がせた。 ちょうどそこに、スタッフから呼ぶ声がかかり、二人は一瞬にして俳優の顔へと変わる。 そして監督や共演者達のいるセットの方へ歩き出した。既に役柄に入ってる緊張感を漂わせながら。 ここ、Mスタジオで、夏に放送される予定のスペシャルドラマの撮影が行われていた。 ある腕利きの暗殺者と、熱血漢の刑事。ひょんなことから友人となった二人だったが、ある事件が起こり…、といった内容のものだ。 その暗殺者役に岩城が、刑事役に香藤が配役されたのだった。 「はい、OKでーす。お疲れ様でしたー」 撮影終了の声に緊張感が緩み、一斉に多くの人間達が次の作業へ移るべく動き出す。 「あ、香藤くん。ちょっと待って」 岩城と一緒にスタジオを出ようとしていた香藤は、監督に呼び止められた。 足を止めた岩城を「先に行ってて」と促し、監督の所へ戻る。 監督の話は、今後の役についての演技の打ち合わせで、思わず話し込んでしまった。 壁を背にして立っている監督に向き合っていた香藤の肩が叩かれる。 振り返った香藤の視界が、一瞬にして真紅に染まる。 「うわっ!!」 それに驚いて硬直してしまった。 「香藤、受け取れ」 耳に飛び込んできた岩城の声に、反射的に身体が反応する。 よく見れば、渡されたものは薔薇の大きな花束だった。 「えっっ!?」 またもや固まる香藤だったが、両肩を掴まれて思わず顔を上げる。 そこには岩城の笑顔があった。 「1日早いけどな。誕生日、おめでとう」 その言葉とともに岩城の顔が近づいて来て、頬にキスを落とされた。 瞬間。 香藤の顔が薔薇よりも赤く染まった。 口笛や悲鳴、2人を囃す声が周りを包んだ。 「な、なななな…。い…いわ?」 青天の霹靂な出来事に、パニックの嵐が香藤の頭の中で吹き荒れる。 香藤にとっては有り得ない事が起こったのだ。 あの岩城が薔薇の花束を持ち、頬にとはいえ公衆の面前で自分にキスするなんて!! 「香藤、どうした?」 岩城が自分を呼ぶ声が聞こえて、はっと我に返る。 「あ、や…、その。あああありがと」 なんとか礼を返す。 そこで漸くスタッフ全員が揃ってることに気づいた。 「ほらほら。主役はこっち」 監督に背中を押されて、いつの間にか用意されていたケーキの前に立たされる。 そして、戸惑いながらも、ハッピーバースデイの歌に合わせて蝋燭を吹き消す。 おめでとうの言葉と、抱えきれない程のプレゼントが渡された。 「ほんと、びっくりしたよ〜。もう…」 ケーキの他に出されたサンドイッチや軽食類を食べながら、未だ動揺を残す声で 香藤はぼやいた。 「あははは。今回のサプライズは大成功だなあ。あの薔薇の花束の岩城くんは、俺からのプレゼントだから。なかなか良かっただろう?」 一度言葉を切って、香藤をまじまじと見つめた。 「しっかし、香藤くんがあんな純情だとは思わなかったよ。ほっぺにチュウぐらいで真っ赤になっちゃってねぇ。今、思い出しても…、あの顔っ…ははっ。ははは」 監督が再び笑い出す。 先ほど監督を含めスタッフ達に、驚き照れた顔を大笑いされてしまった。 香藤としても不覚の事態だった。岩城に間抜け面を曝してしまうなんて…。 せっかく赤みの引いた頬がまたうっすらと染まる。 「監督〜;」 恨めしげに睨んでみたものの、全く気にせず笑い続ける監督から、隣に立つ岩城に矛先を向ける。 「ひどいよ、岩城さんも。俺のことダマして〜」 「俺だって知らなかったさ。直前になって言われたんだからな」 「だからってさ〜」 「そう怒るなって。でも、絶対飛びついて来ると思ったんだが…。あそこまで照れるなんてな」 そこでニヤリと口角を上げると、香藤の耳元に囁いた。 「赤くなった顔も可愛かったぞ?…ククク」 「なっ!?」 再び赤くなる香藤に、側に控えていた清水や金子も笑い出す。しかも周りにいて聞き耳をたてていたスタッフ達も笑い出す始末だ。 「もう、みんな笑い過ぎ!!」 香藤は赤くなったまま、涙目で憮然とするしかなかった。 翌朝の情報番組の芸能ニュース。その中で岩城と香藤のでるドラマの撮影の様子が、番宣を兼ねて放送された。 もちろん香藤の誕生日を祝った場面も一緒に。 岩城の膝枕で、録画したそれを見た香藤が、大騒ぎしたのは言うまでもない。 2006.5. 玖美 |
んまあ!頬にチュッってする岩城さん!!
なんて大胆なんでしょう!!!見たいわ〜vvv
それは香藤くんには何よりものプレゼンとですね!
真っ赤になる香藤くん・・・なんて可愛いのでしょうvvv 抱き付きたいです!(笑)
玖美さん、素敵なお話ありがとうございますv