『To LIVE is like to LOVE.』



「岩城さん!!大変!!」

香藤のその一声で、25日の朝は始まった。

「な、なんだ、どうした!?」

尋常でない香藤の慌てぶりに、岩城はワケも分からず、しかしとりあえず、心配を見せる。

「俺・・・俺・・・」

「どうしたんだ、香藤。落ち着いて話してみろ?」

「さっき、金子さんから電話があって、俺、27日も仕事になっちゃったーーー!!」

「え?」

その言葉を聞いて、岩城は驚くというよりも、半ば、呆れてしまった。

香藤はいつも、朝食を作るために岩城より少し早目に起きてリビングへ向かう。
岩城がまだ夢うつつのまどろみの中にいる頃、電話のベルが鳴ったような気がしていたが、それがどうやら、金子だったらしい。
電話の音が鳴り止み、岩城がまたうとうとしかけた頃、バタバタと階段を駆け上がる音が聞こえ、寝室のドアが乱暴に開け放たれた。

そこで続いたのが、さっきの香藤の言葉だったのだ。


27日って言えば、まぁ、俺の誕生日なワケだが・・・。

「あーーーー、もう!俺、今年も完璧に計画立ててたのにー!今日・明日ってロケだから、明後日はオフだって決めてたのにー!!」

「香藤、仕事って、何時までなんだ?」

「え?夕方・・・。5時、くらい・・・?」

「じゃあ、何も28まで泊りがけで仕事ってワケじゃない。仕事ならしょうがないだろ?今日から明後日まで、しっかり働いて来い」

そう言った岩城でさえ落胆しなかったと言えば嘘にはなるのだが、映画が公開される前でオファーが少ない香藤にとって、こういった仕事の積み重ねが重要なのだと言う事をまた、岩城は知っていた。

「うん・・・まぁ、しょうがないっちゃしょうがないんだけど・・・。せっかく、岩城さんもオフ取ってくれたのに・・・」

「だから、夕方からでもいいから。ちゃんと働いて、家に帰ってきたら、俺と過ごしてくれればいい」

「ん、わかった・・・。」

「いいな?」

「うん・・・。俺、頑張ってくる・・・。」

半ベソで何とか頷く香藤の頭を撫でながら、岩城も、香藤には見られないように一つ、小さく溜息をついた。

ここ何年か、オフを重ねて一緒に過ごしてきた誕生日。
クリスマスも年末年始も一緒に過ごせたのだから、誕生日くらい、なんだという気持ちもあるにはあるが、それでもやはり、岩城は残念でならない。

一度吸った甘い汁はもう、体中、隅々まで回ってしまっていて、それは香藤だけでなく、いつのまにか岩城の寂寥感さえ誘うようになっていた。


一人で過ごす、誕生日のオフ・・・。

残念だけど、何かして過ごすしか、無い、よな。


一通り香藤をあやし終え、身支度を整えると、迎えにきた清水の車に乗り込んで、岩城は仕事へ向かう。
岩城よりやや遅めにロケへ出発する香藤は、当然のように岩城を見送る。
玄関先だけでなく、門の外まで出て、香藤は岩城を乗せた車を見送った。

途中、何度も岩城は振り返り、その度に香藤は手を振る。
岩城も小さく手を振り替えし、そして、やがて車が見えなくなるまで、そのやり取りは続いた。

車が見えなくなってすぐに、香藤は、誰にも分からない程度に口角を上げて、ほんの少し、笑った。
そして軽く身支度を整えると、財布に入れてあった切符を取り出して時間を確かめ、乗り遅れないように早目に家を出た。


1月27日。

香藤がロケに行って、丸3日目の朝。
その間、香藤からは何度も電話があり、メールもたくさん来た。

だが、いくら香藤の声を聞いても、やはり、毎夜香藤のいない家に一人で帰るのは寂しかった。

「昔は、一人のほうが気楽だったんだけどな・・・」

もともと大きすぎる家が、今、岩城には余計に広く感じられた。
寝室から出て顔を洗い、ふと見つめた鏡の中の自分を、客観的に見て、“寂しそうな顔だ”と思える。


この家を建てる時、初めは、全て自分の責任で建てようと思ってたんだ。
一人になっても平気なように。
だけど、そんな事を考えてる時点でもうすでに、この家は、二人のものだった。


ドラマで香藤が死ぬシーンを演じた時は、香藤のいない家で暮らす生活がどれほど寒いものなのかも痛感した。

今、別に香藤は死んだわけじゃないし、俺を置いて出ていったワケでもないんだが。

だが、こうして香藤のいない家に一人でいるのは、まして誕生日なら余計に、寂しいものだな。

「まぁ、夕方には帰ってくるけどな・・・。こうしててもしょうがないし、メシ食って本でも読もうか」

半ば自嘲的に苦笑いをすると、言葉通りに岩城はトーストを焼き、コーヒーを入れて静かな朝食を取った。

食事を終えると、溜まっていた洗濯物を片付け、普段は香藤がほとんどしてくれる家事を、今日は岩城がこなしてゆく。

一通り部屋を片付け、身を持て余した岩城は2階の部屋から小説を何冊か持ってくると、もう一度コーヒーを入れて、ソファに身を沈めて読みにかかった。

よく晴れた空からは陽の光が差し込み、岩城の身体に陽だまりを作る。
ぎりぎり平日である今日は休日のようなざわめきもなく、家の中には、岩城が本をめくる音だけが響いている。


静かだな・・・。


日頃の疲れと陽だまりの暖かさから、眠気に襲われそうになったその時だった。
サイドテーブルに置いていた携帯の着信音が鳴り響き、岩城はすぐに眠気から覚めた。

ディスプレイには、『香藤』の文字。

急いで着信ボタンを押すと、受話器の向こうから、聞きなれた暖かい声が響いてきた。

『あ、岩城さん?おはよ、俺だよー!』

「香藤・・・。ああ、おはよう」

『へへ、岩城さん!誕生日おめでと!!まずは一番に言いたかったんだー。本当はベッドの中で朝イチに言いたかったんだけど』

相変わらず、バカな事を言っている。
だが、今の岩城には、そんな香藤の寝言のような言葉さえ嬉しかった。

「ありがとうな、香藤。どのみちお前から言われたのが一番最初だ。仕事の方はどうだ?順調に終わりそうか?」

「ん?ああ、うん。午前中で全部終わって、そっち戻ってからちょっとやって、夕方には帰れると思うよ」

「そうか・・・。」

“帰ってくる”という言葉を香藤自身から聞いて、それだけで、なんとなく岩城はホッとした。
元々今日の夕方に帰ってくるとは知っていたが、それでも、もう一度香藤の口から聞けた事が岩城にとっては重要だった。

「あ、そだ、岩城さん。今日の分の郵便、もう来てる??」

「え?郵便?さぁ・・・。ああ、でもさっき音がしたから、多分来てるんじゃないかな」

「ちょっと、悪いんだけど、見てもらえるー?俺宛てに出したって友達からメールが来てさー。届いたかどうかだけ連絡しちゃいたいから」

「ああ、わかった。ちょっと待ってくれ」

そう言って一度電話をテーブルに置くと、岩城は郵便受けに向かった。
やはり郵便は来ており、その中にはいくつかのダイレクト・メールとカード会社の請求書、岩城宛ての封筒が1通に、そして、香藤宛ての封筒があった。

「これ、かな・・・」

リビングに戻り、急いで携帯を持ち直す。

「あったぞ、お前宛ての。差出人の名前は無いけど、お前宛てのはこれ一通だけだ」

『あ、ほんと?じゃあ多分それだと思う。ありがと、岩城さん。おっと、迎えが来たみたい。じゃあ、いったん切るね?何かあったら連絡して?』

「ああ、分かった。じゃあまたな」

『バイバーイ!』


え?

ガチャ、と。
珍しく、香藤から電話を切った。
たかが電話の切り方だが、これまで香藤の方から先に切る事は滅多になかったので、若干、岩城は面食らった。


そんなに寂しいのかな、俺。
先に切ったからって、それは仕事で忙しいからだろうに・・・。


「あ、そういえば、俺宛ての郵便も来てたな・・・」

テーブルに投げ置いていた郵便物から自分の宛名が記されたものを取り、差出人を見た。
だが、香藤のと同様、それもやはり、無名だった。

表には印字された自分の宛名と、“二つ折り厳禁”の文字だけ。


なんだろう・・・。


律儀にもハサミを持ち出して封を切ると、中に入っていたのは、一枚のDVD-ROMだった。

「なんだ、これ?」
不審に思いながらもデッキにセットし、『再生』を押す。

画面は、まだ、薄暗い。

ソファに寄りかかったまま、中々再生が始まらない画面に苛立ち始めたその時だった。

『岩城さーーーーん!』

聞き慣れた声が、スピーカーから聞こえてくる。

「・・・え!?」

『岩城さん、聞こえてるー!?聞こえてるって事は、これが無事に届いて、見てくれてるって事だよねー??』

まさか・・・。

「か、香藤・・・!?」

その、まさかだった。
やがて大画面いっぱいに香藤の顔が映し出され、画面の向こうから満面の笑みを岩城に送っている。

「な、なんで・・・」

呆れて言葉も出ない岩城などお構いなしに、画面の中の香藤はカメラを回し、今いる自分の場所にレンズを向けた。

その瞬間。

岩城は言葉を失った。


画面に映し出されたのは、岩城が東京の次に、見慣れた場所。

新潟の、実家だった。

『今日は俺、岩城さんの為に、お祝いメッセージを集めにきちゃいました!岩城さん、ちょっと待っててねー!』

ピンポーン、と、画面の中の香藤が呼び鈴を押している。
ガラっと目の前の引き戸が開き、中から出てきたのは、実の兄である雅彦の嫁・冬美だった。

『香藤さん、お待ちしておりました。天気の悪い中、遠い所へようこそ』

『こちらこそどーも!あ、ってか、俺への挨拶はいいんで、まずは岩城さんに一言!お願いします!』

『え?あ、ああ・・・。えっと、京介さん、これを見る頃は京介さんのお誕生日なんですね。お誕生日おめでとうございます。本当は実際に会ってお伝えしたかったですわ。お時間ができたら、ぜひ新潟の家にも寄ってくださいね?』

冬美は深々と頭を下げ、丁寧に、だが心を込めて、岩城へとメッセージを送った。

『ありがとうございます。じゃ、前にも電話で言ったと思うけど・・・いいですか?』

『あ、はい、もちろん。どうぞ、上がって待っててください』

呆気に取られている岩城を尻目に、そこで画面が切り替わり、今度映し出されたのは、母の遺影が飾られてある、和室だった。
やがて襖の開く音が聞こえ、香藤がカメラを向けたその先には、また少し老いて小さくなった父と、兄・雅彦の姿があった。

『あ、こんにちは!ご無沙汰しています。すみません、急なお願いしちゃって』

『まったくだ。君にはほとほと呆れるよ。たかが誕生日で、こんな・・・』

毒づいた雅彦だったが、その顔は、本音からその言葉を吐いたのではないとすぐに分かるくらい、照れが見えていた。

『あはは、すいません、じゃあ、早速・・・お義父さんからいいですか?』

画面の中の香藤が、父に促す。

『ん?ああ、えーと、そうだな。京介、誕生日おめでとう。長い事この言葉をお前には言ってなかったように思うが、そんなに悪いものではないな。今度はちゃんと顔を合わせて言えるといいのだが・・・。仕事も元気で頑張ってるようだし、これからも身体に気をつけて頑張りなさい。私からはそれだけだ』

父が、誕生日に祝いの言葉をくれている。
それは、記憶を遡れる限り遡っても、すぐには思い出せないくらい久しぶりだった。

父の姿は、老いて小さかった。

だが、大きく見えた。

胸に熱いものが込み上げ、それでもなお、岩城は泣く事を躊躇った。

「香藤・・・、あの、バカ・・・」

『えっとー、岩城さん。これ見て俺の事、“バカみたい”とか思わないでねー!?念のため言っとくけど!』

画面の中の香藤が先読みしたかのように言う。
それを聞いて、岩城は思わず噴出してしまった。

『それじゃ、次はお義兄さん!行ってみましょうか!?』

『まったく君って奴は・・・。まぁいい、おめでたい日なんだからな・・・。京介、誕生日・・・、その、えーと、お、おめでとう・・・。たまには家に帰って来い!それが親孝行ってもんだ!・・・俺からは、それだけだ・・・』

真っ赤になって岩城への祝いの言葉を吐く雅彦は、言葉は乱暴だが、それでも精一杯の気持ちを込めてメッセージを残した。

兄らしい、と岩城は思った。
いつも必ず、“親孝行”とか、“帰ってこい”とかいう言葉を言うのだ。

そうする事で自分にも顔を見せろと・・・。
兄は兄なりに、不器用でも自分の気持ちを伝えているのだと、岩城には感じられた。

『二人とも、ありがとうございましたー!本当は久さんにも言葉を貰いたかったんだけど、今日ちょうど、お休みなんだって。俺も今しか時間取れなかったから・・・。また来年、だね。それじゃ、岩城さん!俺も早く帰るからねー!待っててねー!』

最後は、父と雅彦と冬美、そして雅彦の娘・日菜の4人が映し出されて、そこで、映像は終わった。


とたんに家の中が静かになり、岩城は何とも言えないような気分になって、もう一度、DVDを再生したい衝動に駆られた。

その時だった。

携帯から着信音が鳴り響き、岩城はハッとなって我に返り、携帯に出た。

香藤だった。

『もしもーし、あ、岩城さん?』

「香藤・・・お前・・・」

言葉が続かなかった。いや、続けられなかった。
声を聞いた途端、抑えていたものが一気に溢れ出たような気がした。

涙が溢れているのを知られたくなくて、声が出せない。

『岩城さん・・・あれ、見た??ね・・・、もしかして、泣いてるの・・・?』

「・・・な、泣くわけ・・・ない、だろ・・・」

途切れ途切れになった岩城の言葉に、香藤が気づかないワケがない。

『勝手な事してごめんね?でも、俺、岩城さん最近ずっと新潟帰ってなかったし、電話でもよかったんだけど、やっぱ顔見えた方がいいと思って・・・』

受話器の向こうの香藤の声が、優しく耳元に響く。


ああ、その通りだ、香藤。
お前が俺を喜ばせたいと願ってする事は、いつも俺の核心を突くな・・・。

「香藤、嬉しかったよ、本当に。顔が見れて嬉しかった。だけど、嬉しくない事もあるんだ」

『え・・・!?』

岩城のその言葉を聞いて、香藤の声が固まる。


「俺は、お前の顔を生で見てない。画面を通しては見たけど、お前だけは、生で見ないとダメだ」


香藤、会いたい。


会いたい会いたい会いたい。


『もう・・・、岩城さんも、俺の事喜ばせるの、ほんと得意だよね・・・』

その時、玄関の呼び鈴が聞こえ、岩城は慌てて涙を拭いた。

と、同時に、涙を拭う手を止めた。


呼び鈴が、受話器の中から聞こえてきた気もしたのだ。

「香藤・・・ちょっと、“待ってろ”・・・」

インターホンで確認する事は、しなかった。
携帯を持ったまま玄関へ向かい、躊躇する事なくドアを開けた。

そこに立っていたのは、香藤だった。

「へへ、帰ってきたよ、岩城さん」

通話終了ボタンを押し、カチ・・・と携帯を折りたたんで、香藤ははにかんでいる。

「顔、見せに帰ってきちゃった。俺、すごい岩城さんに、会いたかった・・・」

片方の手に持っていたボストンバッグをドサッと落とし、香藤は未だ涙の乾かない岩城を抱きしめる。
力いっぱい、抱きしめる。

「誕生日、おめでとう、岩城さん。」

岩城も、香藤を抱きしめ返した。
会いたいと思った男がここにいて、顔を見せてくれた事に、心底感謝する。

「ね、岩城さん、新潟、すごい寒かった。俺、早く“暖まりたい”んだけど・・・さ・・・」

その言葉の意味をすぐさま理解して、岩城は思わず顔を上げ、香藤の顔をマジマジと見つめる。

「お前・・・、やっぱり、バカだな・・・」

「えー?なんで!?だって3日も岩城さんと会ってなかったんだよ!?俺としちゃ当然の反応じゃん!?今日仕事っていうのも嘘だし。嘘っていうか、岩城さんを驚かせる為の演出の一つだったし・・・俺もう、我慢の限界だよー!」

「バカッ!玄関先でそんな事わめくな!せめて中へ入れ・・・。」

「だって!」

「香藤!」

岩城の表情が、ほんの一瞬、こわばる。
誕生日にまで怒られるんだ!!と香藤も一瞬怯んだ。

だが、その予想は見事に覆される。


「・・・ほら・・・」

いつもの穏やかな表情に戻った岩城がすっと手を差し出し、香藤を中へといざなう。


安心しろ、香藤。
俺もお前と同じだ。


「俺もバカになったもんだな・・・」


差し出された手を強く握り返し、家に帰ってきた香藤は心底嬉しそうだった。



香藤がいて、ようやくこの家も狭く感じるのだと、岩城は思う。

年を取るのが嬉しい頃合でもなくなった近年だったが、今年は、素直に心から喜べるだろう。

もう、一人の頃が気楽だったなんて、思わない。
俺には、祝ってくれる、家族がいる。

父も、兄も、冬美さんも、日菜も。

そして、何より、香藤が。


陽だまりは一層暖かさを増して、それは、二人の心を表しているかのようだった。

(終)
2006年岩城京介バースデー企画・ルカ


もうその見事なサプライズにびっくりです!
そして同時に香藤くんの気持ちがとっても嬉しくて〜お兄さんの反応面白いですv
そして香藤くんだけには生で・・・っていう岩城さんの可愛いこと!
もう最高のお誕生日ですね
ルカさん、素敵なお話ありがとうございますv