風邪



・・・・「冬の蝉」の撮影中の事。
去年の暑い七月、流れ橋の上から落ちそうになったのを、香藤に救われた。
お陰で肩を脱臼した香藤。
その後、乱交パーティ&悪友二人にセックス現場を見せた罰、セックス禁止令を解いた。
『愛されてるんだな、俺は』
そんな言葉に呆れた声が返ってくる。
『何言っちゃってんの?!今さら!』

あの時・・・二人の息が完全に静まった頃、香藤の自由な左手が恋人の髪を撫で・・・・
「ねえ・・岩城さん。」
「・・・何だ?」香藤の声が耳から聞こえ、身体から響いてくる。
「こんな話、まだ早いんだけど・・来年の1月27日。空けといてくれる?」
「もう来年の話か?」クスクス笑い出す京介。
「笑わないでよ・・岩城さん・・俺にとって大切な日なんだからね。それに楽しいじゃない。岩城さんの誕生日を考えるって」
「・・お前・・鬼に笑われるぞ。わかったよ・・覚えておく・・・」
「鬼って・・・岩城さんて古風だよね。痛いよ・・岩城さん」
頬を優しくつねられた香藤の明るい声。
それで話は終ったが、それからは撮影と他の仕事で忙しく、季節は流れて行った。

年が明け、バタバタと日々が過ぎて、一月も終わりになろうとする27日夕方。
家の前までマネージャーの清水に送られていた岩城。

「岩城さん、お疲れ様でした。」
「おやすみなさい、清水さん。それからプレゼントのお花とケーキ。嬉しかったですよ」
「次は、香藤さんですね。きっとお待ちですよ。おやすみなさい」

ドアから降りて、清水の車を見送ってから玄関に向かう。


事務所で、いきなりのハッピーバースディ。
社長とマネージャーと岩城の三人で、打ち合わせ中の出来事。
「ハッピーバースディ」の合唱と共に、浅野伸之がケーキを持ってくる。
事務所に入ったばかりの新人タレントから花束の贈呈。

ローソクに火を灯し吹き消す・・皆の笑顔と拍手。
小さな所属事務所だが楽しい雰囲気の中、仕事が出来ることを岩城は喜んでいた。

幸せの余韻が残る頭で、香藤の顔を思い浮かべる。

香藤は家に帰っているだろうか。ここ何日、お互い顔を合わせる事が無かった。
「冬の蝉」の草加十馬の役を取ったばかりに仕事を干され、今はスケジュール帳が序所に埋まってきている。
それが自分の事のように嬉しい。
今夜、もしかして帰れないかもしれない。
それでも香藤がこの日を忘れるはずが無いと、心の何処かに安心感があった。この何年かの積み重ねが想わせる自信。

玄関への階段を上がりドアを開けた。玄関の照明がついている。
口元に浮かぶ微笑。
居間へのドアを開ける・・香藤の姿を探して。
シンとしたLDK。テーブルの上に料理の材料が置かれた儘だった。
不安で思わず早足で二階に。自分の足音が不安を倍増させる。

バンとドアを開けた主寝室。
ベッドに俯きに寝ている香藤を見てホッとしている。
「香藤・・」
「ん・・あっ岩城さん!」
急いでベッドから起き上がる香藤。だが仕草に何時もの軽やかさが無かった。
「どうした?具合でも悪いのか?」ベッドに歩み寄る。
「ごめん・・買い物をして帰ってきたら・・何だか一休みしたくなって。寝すぎた。すぐ夕飯の支度をするよ。」
ベッドから降りようとするのを止めた。香藤の額に手をやる。
「お前・・熱があるんじゃないのか」
「そうかな・・いつもと変わんないけど」
潤んだ目で岩城を見つめている香藤。
「馬鹿。そのまま、静かにしてろ。料理は俺が何とかするから」
「岩城さんの誕生日なんだよ。俺が・・」
「良いから・」
香藤の額にキスをして、ベッドに寝かしつけドアから出て行く。
それから風邪薬を持ってきて飲ませ、下へ降りていく。
不安そうな香藤だが、眠気に勝てず瞼が重くなって寝てしまう。

去年の流れ橋のアクシデントの日。約束した誕生日の日は、二人だけで過ごしたかった。誰にも邪魔されず独占したかった。
映画の撮影が終わり、思いの外仕事が舞い込んで来たので、必死でマネージャーに懇願して27日を確保した。

金子は、香藤の気持ちに理解を示してくれた。
ただし、「元気な顔でスタジオ入リしてくださいよ」が条件だった。
今日の午後から明日一日、この間を休む為に必死で頑張った。
ところが帰った途端、身体が言う事を聞いてくれないとは・・

それから約3時間後・・香藤が着替えて下へ降りていくと美味しそうな匂いがする。ジーンズにセーター・綿入れの半纏と言う姿。
「美味しそうな匂いがするね」
「身体の具合はどうだ?ちょうど良い所にきたな。味見してみろ」
キッチンの前で、鍋をかき混ぜながら振り向きもせずに言う。

岩城の横に立ち、味見をする。
「美味しいよ岩城さん。クリームシチューだね。」
「俺だって、これくらいは作れるさ。」
中味の肉が鶏肉だと気付いて、ハッとして冷蔵庫を急いで開けた。
今日の為のバースディケーキと、透明な袋に入れてあった鶏を取り出した。
「大きなケーキだな。二人しかいないのに。」
「・・・岩城さん・・・」
「何だ・・」
「鶏を丸ごと入れてあったでしょ?」
「ああ・・俺が捌いた」
「さばいたって・・これは」

「丸ごとのチキンなんて多すぎる。必要な分だけ切り取って、後は明日に使うさ」
「ああ・・そ・・そうだね。うん・・明日俺が料理してあげる。さあ食べようよ岩城さん」
ローストチキン用に買った丸ごとを、見事にバラバラにしてしまったのを感心しながら見ている香藤。
吹き出すのを堪えて、バラバラの鶏肉が入ったビニール袋を冷蔵庫に仕舞う。
「何だ?どうした?」
「ううん・・岩城さんの誕生日なのに、何もしないでごめんね」
「馬鹿・・お前もそろそろ解っても良いんじゃないか?」
ランチョンマットをひいて、皿やスプーンを並べる岩城。
ケーキを置いてローソクを刺していく香藤。
「え?何を?」
「誕生日なんて嬉しい歳じゃないって事を・・」
「まさか!岩城さんの誕生日は、俺にとって大切な記念日だよ。来年はもっと上手くやるからね!」
「馬鹿・・」
相変わらず、惜しげも無く投げられる愛の言葉。
嬉しさに表情が柔らかくなっていく。
香藤の素直な愛情表現に、すぐに言葉で返せば良いのだが、胸が熱くなって言葉が出てこない。
いい加減慣れても良いだろうと思うのだが。
ドラマでは、もっとお洒落にドラマティックに振舞える人気俳優も、私生活では不器用だ。

サラダボールに野菜を盛り付け。シチューを皿に入れる。
香藤がワインを持ってきてグラスを置く。
「何とか様になったな」
「うん、最高だよ岩城さん。やっぱり・・誕生日だね、気合いが違うよ。さあ座ろう」

暖房の効いた部屋で、ダイニングテーブルに座る二人。
照明を落とし、歳と同じ数のローソクに火を灯す。一息とは行かなかったが吹き消した。
ワインを注いだグラスで乾杯!!
「お誕生日おめでとう!!岩城さん」
「ありがとう・・」
照明をつけて食事を始める。
「すまなかったな・・」
「あ?どうして?」
「鶏をバラバラにしてしまった」
「クスクス・・そうだね。良いじゃない、とにかく俺たちの腹に収まるなら・・それにしても、良く指を切らなかったね。良かったよ、」
シチューの中から、岩城が削ぎ取った鶏肉をスプーンですくいパクリと食べてみせる。
「ああ・・危なかったな。」
丸ごとの鶏と格闘したシーンを思い浮かべている岩城。
「ええ〜〜〜?!やっぱり!」
頭を抱え込む香藤。
「やだよ!俺が買った材料で、岩城さんが怪我をするなんて・・しかも誕生日に・・・・」
「良いじゃないか。上手くさばけたんだ。」
「上手くって・・クスクス・・・乾杯しようよ。」
「何に?」
「岩城さんと鶏肉の格闘に」
「馬鹿!」
穏やかな誕生日が、こうして過ぎていく。
一緒に暮らして、日々増えていく思い出と俳優としての現実、素顔。
どれをとっても切り離せない自分を受け止めてくれる安心感。

食事が終わり、居間に移りソファに並んで座る。
赤いリボンを掛けた小さな箱を渡す香藤。

「岩城さん。これ俺からのプレゼント。受け取ってよ。お誕生日おめでとう。」
「ありがとう・・無理したんじゃないだろうな」
言いながらリボンを解き、紙を外して箱を開ける。
中から携帯のストラップが出てきた。

小さなダイヤモンドが連なったストラップ。小さなプラチナのプレートが付いている。裏に刻まれたK・Iの飾り文字。
「ありがとう香藤。大事にするよ。おい・・このプレート、何だかお前の横顔のシルエットに似てないか?」
傍に置いてあった携帯に付けて眺める岩城。
白い肌が赤く染まっている。
「ふふ・・気がついた?実は俺の横顔を写し取ったんだ。何だかエロいでしょ?俺の顔に岩城さんの頭文字なんて・・その顔が見たかったんだ(kiss)」

深くなっていくキスを先に止めたのは、珍しく香藤。
「どうした?」
「俺、まだ風邪が治ってないよ・・岩城さんにうつしちゃう・・」
「馬鹿だな・・俺はそんなに柔じゃない(kiss)」
中断したキス再開。深くなって、また香藤が止める。
「ごめん岩城さん」
「今度は何だ?」
「・・・鼻水が(ジュル)。岩城さんの誕生日だってのに、綿入れの半纏だし・・・ムードぶち壊しだよ・・・」
「何言ってる。可愛いじゃないか。良く似合ってるじゃないか」
「ほんと?って、綿入れの半纏が似合ってるって言われてもねぇ・・」
「・・そろそろ上に行ってベッドで寝てろ・・(クスクス)」
立ち上がってキッチンに向かう。香藤も渋々立ち上がって部屋のドアの方に。
ドアの前で振り返り・・・
「うん・・そうするよ。あ・・そうだ。俺、明日も休みなんだよ。明後日からしばらく家には帰れないけど」
「良いから上に行ってろ!」
「うん・・岩城さん」
「何だ?」
「愛してる!」
迷いの無い笑顔で、一番欲しい言葉をくれる。
「暖かくして寝るんだぞ」
もっと言い方が無いのかと、自分で焦れている岩城京介。
だが岩城から発する、満たされた幸せのオーラが、香藤に更なる自信とやる気を起こさせる。
その上、その姿が可愛いと感じる香藤。
これだけ愛されても、馴れ合えないのも、ある種の才能と言えるのだ。
生まれた日を喜んでくれる相手と一緒にいられる。それが一番のプレゼント・・(終)


                            byマチコ


個人的にちょっと香藤くんが弱っているお話は好物なので
にやにやしながら読みましたv
岩城さんに看病されたいです〜vvvvいいなあ〜香藤くんv(笑)
マチコさん、素敵なお話ありがとうございますv