実録?『北風と太陽』



「ただいまー岩城さん。」
「お帰り香藤。」
帰宅した香藤と出迎えた岩城は当たり前のように唇を寄せた。
「遅くなっちゃってゴメンネ。」
時刻は後少しで午後十時半になろうとしていた。
「誕生日なのに寂しい思いさせちゃってホントにごめんなさい。」
岩城はオフで今日の誕生日を独りで過ごしたのだった。
「仕事なんだから仕方ないさ。」
「俺もせめて半オフくらいは欲しかったな。腕を揮ったディナーでお祝いしたかったのにさ。」
「その気持ちだけで嬉しいよ。」
岩城はしょげかかる香藤の髪に手を差し入れクシャリと混ぜた。
香藤はその手に自分の手を重ね岩城の目を見つめた。
「ね、岩城さん乾杯だけでもさせて。」
「ああ、じゃあ俺がワイン選ぶからお前はリビングで待ってろ。」
「岩城さんの誕生日なんだから俺が準備するよ。」
「いいから。俺に好きなの選ばせろ。」
「分かった。」
リビングに行った香藤はテーブルの上の本に目を留めた。
「岩城さん何この本?」
「ああ、それか?佐和さんが誕生日のプレゼントだってくれたんだ。まあ読んでみろ。」
香藤は促されるまま本を手に取り読み始めた。





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『北風と太陽  佐和渚版』



皆さん知っていますか、天気というのは天気の神様が決めているということを。
天気の神様はたくさんいて、それぞれ担当地域が決まっています。
その地域内は好きな天気にしていいのです。
だから天気はその地域を担当している神様の性格にかなり左右されるのです。



さて、ここにそんな天気の神様の一人、香藤洋二くんがいました。
彼はたいそう陽気な性格なので晴れの天気にするのが好きでした。
いくら好きに決められると言っても地上の生き物のことを考えなくてはいけません。
なのでたまには曇りや雨にしないといけないのでした。
香藤くんは雨はあまり好きではないのでそれを面倒くさいと思っていました。
「あ〜あ、かったりィよな。何で雨なんて辛気臭い物降らせなきゃいけないんだ。」
地上は久しぶりの雨に喜びに沸いていますが香藤くんにはどうでもいいことでした。
「また憂さ晴らしでもすっか。」
香藤くんは雨を降らせた後、しばしばイタズラをして憂さ晴らしをしていたのです。
「さて、今日のターゲットは誰にすっかな。」
香藤くんが地上を見下ろすとしかめっ面で歩いている男が目に入りました。
その男は整った顔立ちで肌は白く肌理細かそうで黒髪も絹糸のように艶やかでした。
「ンだよ、せっかく雨降らしてやったのにあの面は。綺麗な顔してるから余計ムカつく。」
その男をターゲットに決め、香藤くんは強い北風を吹きつけました。
男は首をすくめコートの襟を寄せて空を睨みつけました。
しかし、ほんの一瞬男が憂い顔をしたのを香藤くんは見逃しませんでした。
「あの人もしかして凄く無理して突っ張って生きてるのかな。」
香藤くんはちょっぴり罪悪感を感じてしまいました。
「イタズラしたりして悪いことしちゃったな。お詫びにちょっと暖かくしてあげよう。」
香藤くんは柔らかい陽射しを男に投げかけました。
するとそれまで厳しかった男の表情がふわっと緩みました。
「わ、なんか可愛いかも。」
香藤くんは男に興味を惹かれました。
もっといろんな顔を見てみたいと思った香藤くんは更に強い陽射しを投げかけました。
すると男はきっちり止めていたコートの前を開きました。
チラッと垣間見えた腰の細さに香藤くんの目は引き寄せられました。
「うわっ、すっげースタイルよさげ。もっとよく見たい。」
香藤くんはどんどん陽射しを強くしていきました。
男は堪らずコートを脱ぎ、更に強さを増した陽射しに上着も脱ぎました。
それでも額には汗が滲みシャツも汗で肌に張り付きました。
くっきり浮き出た身体のラインと汗を拭う仕草の色っぽさに香藤くんの目は釘付けでした。
そんな香藤くんの頭上から突然声がしました。
「こらっ香藤、何をしとるか!」
それはお目付け役の神様の声でした。
天気の神様がちゃんと仕事をしているか見張る神様がいるのです。
「今までのイタズラには目を瞑ってきたが今日のはやりすぎだ。お前は人間界へ追放だ。」
香藤くんは弁解する暇もなく雲の上から突き落とされてしまいました。
でも香藤くんは後悔していませんでした。
なぜならこれであの男の人の傍に行けるからです。



香藤くんは願いどおり男の前に転がり落ちました。
お目付け役の神様もちょっと可哀想に思ってくれたのでしょう。
「イタタタタ。」
香藤くんが顔を上げると男は驚いたような顔で立っていました。
目の前に突然人が降ってきたのですから当然でしょう。
香藤くんは立ち上がると、とりあえず自己紹介しました。
「えっと、あの、こんにちは。俺、香藤洋二って言います。」
「え・・・あ、ああ、こんにちは。俺は岩城京介です。」
男はびっくりしながらも挨拶を返してくれました。
なかなか律儀な性格のようです。
香藤くんはそんなところも可愛いなと思いました。
「俺、実は天気の神様やってたんだけど岩城さんに見惚れてて追放されちゃったんだ。」
突然のとんでもない告白に岩城さんは目をぱちくりさせました。
「天気の神様?お前が?」
「うん、そう。」
こんなこと普通なら信じないでしょうがこの岩城さんちょっぴり天然なようです。
疑いもせず次の疑問を口にしました。
「で、美人ならともかく何で俺なんかに見惚れたんだ?」
「岩城さんは綺麗だよ。それに可愛いし。」
「綺麗?可愛い?俺が?お前どうかしてるんじゃないのか?」
並べられた疑問符にもキツイ言葉にも香藤くんはめげませんでした。
「そんなことない。岩城さんが自分の魅力に気づいてないだけだよ。」
香藤くんのきっぱりとした口調に岩城さんは反論を諦め話題を変えることにしました。
「お前追放されたんだろ?何でそんな平然としてるんだ?」
「だってこうして岩城さんの傍に来れたんだよ。むしろラッキーって感じ?」
深刻さの欠片もないその様子に岩城さんは軽い頭痛を感じました。
「なんかこの辺りの天気が晴れが多かった理由が分かった気がする。」
「うん、俺、晴れが好きだからね。でもこれからは岩城さんだけの太陽になるよ。」
ニコニコ笑う香藤くんを見ていると岩城さんは心の中に陽が射したような気がしました。
「ところで岩城さん、ちょっとお願いがあるんだけど。」
「ん、何だ?」
「俺、住むとこないんだよね。岩城さん家に住ませて欲しいなぁなんて。」
さすがに厚かましいと自覚があるのか今までとは違い遠慮がちな口調です。
初対面の男を家に住ませるなどできないのが普通ですが・・・
岩城さんはちょっと考えただけであっさり了承しました。
「分かった。」
「ホント?ヤッター!」
岩城さんは夢に挫折して少々やさぐれた生活をしていました。
自分は今の状況に満足しているんだと自分自身に嘘をつき続けていたのです。
岩城さんは香藤くんといるとそんな自分が変われる気がしたのです。



こうして二人は一緒に暮らし始めました。
香藤くんの愛情表現は真夏の太陽のように熱いものでした。
最初は戸惑い、頑なだった岩城さんもいつしかその熱に身も心も溶かされていきました。
そして相思相愛になった二人はいつまでも熱く幸せに暮らしたのでした。
めでたし、めでたし。



おしまい


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「って何これ?何で俺たちの名前なの?それに話も俺たちの馴れ初めに似てんけど。」
話だけでなく添えられた挿絵の人物もどう見ても二人でした。
「これまさか出版されるの?」
「それはないよ。佐和さんが個人的に作ったらしい。」
ワインとグラスを手にリビングに来た岩城は香藤の隣に腰を下ろして答えた。
「岩城さんにプレゼントするためだけに作ったってこと?」
「いや、どうやらそうでもないらしい。挿絵の人の名前見てみろ。」
「あ、挿絵雪人くんなんだね。」
「ああ、記念すべき二人の初共同作品ってことだ。」
「なるほどね。」
香藤は改めて挿絵をじっくり見た。
「雪人くんこんな絵が上手かったんだね。俺たちの特徴が凄く出てる。」
「優しいタッチや色使いがいかにも雪人くんらしいよな。」
「そうだね。そう言えばさ、佐和さんこの本いったい何冊作ったの?」
「百冊って言ってたぞ。俺にはその内二十冊くれた。」
「なんか壁一面に並べそうだよね佐和さん。」
「そうだな。」
二人は本を手にはしゃいでいる佐和と横で照れている雪人を思い浮かべて頬を緩めた。
「岩城さんはこの本どうするの?」
「佐和さんはそれぞれの実家や知り合いにでもって言ってたけどちょっとな。」
「何で?いいじゃん。おふくろや洋子は喜ぶと思うよ。清水さんや金子さんも。」
「俺のとこはアニキも親父もとても喜ぶとは思えない。それにお前は恥ずかしくないのか?」
「俺たちの馴れ初めなんて誰でも知ってるのに今更恥ずかしがんなくてもいいじゃん。」
「それはそうだが・・・・・・・やっぱりダメだ。これは全部しまっておく。」
香藤は朱に染まった岩城の目許に軽くキスをした。
「くすっ、岩城さん可愛過ぎ。いいよ、岩城さんがそうしたいならそれで。」
「すまない。」
「岩城さんが貰った物なんだから謝んなくてもいいいよ。」
「じゃあ、ありがとう。」
岩城から触れるだけのキスを貰った香藤は抱き寄せて耳元で囁いた。
「どうせならお礼は本の通りの熱い暮らしがいいいな。」
「お前、昨夜も日付が変わった途端プレゼントだとか言って明け方まで散々・・・」
「ダメ?もしかして身体辛い?」
「いや、身体は大丈夫だ。それより乾杯してくれるんじゃなかったのか?」
心配そうな顔になった香藤に岩城はふっと微笑む。
「乾杯は勿論するよ。でもその後、ね。」
「言っておくが俺は明日は朝から仕事だぞ。」
「分かってる。仕事に差し支えるようなことはしないから。」
香藤はいそいそとワインを開けるとグラスに注いだ。
「岩城さん誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」



ワインを一本空けた後、二人はピッタリ寄り添い寝室へ上がっていった。




暗くなったリビングのテーブルの上では表紙の二人が幸せそうに微笑んでいた。



終わり

'06.1.10  グレペン

佐和さんの本最高ですv
その身も心も溶かされる様子を詳しく・・・笑
(それ絵本じゃなくなるから!)
もう幸せ一杯のふたりに乾杯!って感じです〜いつまでも幸せに・・・・vvvv
グレペンさん、素敵なお話ありがとうございますv