葉牡丹
8:00PM、岩城・香藤邸の前に車が止まった。 住宅街は静かな時間だ。 バタンという音が響く中、後部座席から降りて運転席へ歩み寄り、 「清水さん、どうもお疲れ様でした」 と声を掛けたのは、岩城だった。 「じゃあ、岩城さん。また、明後日10時にお迎えに上がりますので。よいお誕生日をお迎えくださいね」 と言うのは、仕事モードから少し柔らかい対応に切り替わったマネージャーの清水の声だ。 「ありがとうございます」 少し照れたように岩城は答えた。 「あら...?玄関に花束が...」 清水はエンジンを掛けたまま車から降り、岩城と一緒に門へとまわってみた。 確かに花束だ。 ただ、それは門前に置かれているのではなく、門扉の中ほどで浮いているのだった。 その花束はブーケのように丸く綺麗に作られているのだけれど、よく目にする華やかなブーケのイメージとは違っていた。 使われている花は綺麗だが素朴で、それらをバランスよくまとめることによって、可憐な雰囲気を演出しているのだった。 「どうなっているのかしら、これ?」清水はいやな想像を頭によぎらせながら、花を調べていた。 明日は岩城の誕生日である。事務所にもファンレターやプレゼントがたくさん届けられている。 もし、これもそうしたファンからの物だとしたら、自宅の住所が洩れているという事で、大変な事態だ。 二人は同じ事を考えていた証拠に顔を見合わせた。その時、 「岩城さん、お帰りなさーい! 清水さん、お仕事お疲れ様でーす」 玄関から香藤が二人に声を掛けてきた。 「どうしたの?二人してそんなところに突っ立ったままで...」 閉じた門の外にいる二人を不審に思いながら階段を降りていく香藤は、門扉の施錠を解除するボタンを押すと扉を開けた。 「香藤、その花のこと知ってるのか?」 「あ、これ?綺麗でしょー。岩城さんの誕生日を迎えるためのウェルカムフラワーだよ」 ニコっと、香藤はその魅力的な笑みをこぼす。 「まあ、ステキ。そうだったんですか。いいですわねぇ、岩城さん」 清水がその笑顔につられたように微笑みながら、返事をした。 「でも、どうしてこんな外に飾ってあるんですか?」 「あ、これね、切花のアレンジじゃなくって、花苗を寄せ植えして作ってあるんだ」 「ほお...ウォールバスケットか。どこで買ってきたんだ?」 花好きの岩城からの質問に、 「俺が作ったの!」 待ってましたとばかりに、エヘンと胸を反らすような仕草で香藤は答えた。 「え!?」岩城と清水ははからずも同時に声を出していた。 「やだなぁ。二人とも、そんなところ息がピッタリで」 「器用なのは知ってましたけど、スゴイですね!なにか人として尊敬してしまいそうです」 「清水さん、俺の価値を分かってくれて、ありがとっ」 「お前にそんな発想があった事に、俺は驚いた」 「それ、ちょっと、言葉にひっかかるものがあるんですけど、岩城サン!」 そんなやりとりをしている中で、ふと、岩城は清水の方を向き、 「清水さん、随分引き止めてしまって、身体が冷えたでしょう。良かったら中でお茶でもいかがですか」 「あ、そうだね。寄って行ってよ、清水さん」 「ヤダ...うっかりしてました。早く帰らなくっちゃ。せっかくのお誘いですけれど、今日はこれで失礼します」 「そっかー、家族が待ってるものね」 「はい」 「気をつけて」 「ありがとうございます」 そう言い残して去っていく清水の運転する車を、岩城は香藤と共に見送った。 「さて、岩城さんもすっかり冷えちゃってるでしょ。早く中に入ろ」 「ああ...でも、これ、本当に花の苗が植えこんであるんだな」 門灯の明かりを頼りに岩城があちこち確かめている。 「ウケた?」 「まあな。どうやって作ったのかわからないけど、綺麗に出来てる。 ハボタンにビオラだろ...スイートアリッサム...ブラキカム、リシマキア...」 次々と花を数え始めた岩城に、 「ストーップ!岩城さんが俺には覚えられない花の名前を知ってるのはよーくわかった。 だけど、とにかく、中へ入って。せっかく誕生日にオフをとったのに風邪を引かせられないよ」 年の初めの寒気はひと段落して平年並みに戻ったとはいえ、今夜も厳しい寒さにだ。 庭木をざわめかせている冷たい風が、なぶるように二人の間を通り抜けていく。 「...そうだな...あれ、外で大丈夫なのか?」 香藤と一緒に階段を登りながら岩城が聞いてくる。 「うん。その為に慣らしてあるから」 「ふーん...でも、今夜は冷える。やっぱり中に入れよう」 そう言って階段を降りて行った岩城が、ウォールバスケットを手に戻ってきた。 「ホント、好きだね」 「後でいいから、ゆっくり話しを聞かせろよ」 「はい、はい」 玄関のドアを開けると、岩城を暖かな空気が迎えてくれた。 その程よい温度に肩の力が抜けていくのを覚え、ほっと溜息をつくような岩城の様子に、 「疲れてそうだね」 労わるように声をかけながら香藤は、岩城の手にあるバスケットを受け取ると専用のスタンドに飾るのだった。 「ん?今日の仕事はそれほどでもなかったさ。ただ、家の中が暖かいから気が抜けた」 そう言いながらスタンドの花に、岩城はそっと手を寄せていった。花の香りが鼻腔をくすぐる。 そんな岩城の仕草に、香藤は愛しそうに目をほころばせると、肩を抱えるように抱きついた。 「うん、お疲れ様。食べてこないって連絡くれたから、ゴハン出来てるよ」 背中にのった香藤の温もりと重みに心地よさを感じて、岩城の表情もやわらいでいるようだった。 「すまんな。待たせて」 「あ、そだ。先にお風呂のほうが良かった?」 「いや、食事にしよう」 「OK。もう、並べるだけだからね」 そう言って岩城から離れてキッチンへ向かう香藤の、何でも楽しそうにこなす背中を見ながら、岩城もその後を付いて行った。 「手伝おう」 「あ、ありがと」 本当に嬉しそうな顔をする香藤だ。 コンロには2つの鍋が掛かっていた。 ひとつはどうやら今夜のぶんではなさそうだ。 岩城に手渡された皿には、エビとキノコのクリームシチューが、食欲をそそる温かな湯気を立てていた。 テーブルにはカットされたフランスパンが籠に盛られ、ココットにはお気に入りのエシレバター。 最近ハマっているのは、水菜のベーコンサラダ。アルコールはキリンラガー。 「いっただきまーす!」 元気のいい香藤の声が食事を始める合図となった。 「いただきます」 岩城もキチンと手を合わせている。 他愛無い会話が楽しい、いつもの和やかな食卓の風景だ。 「あの花ね、近所の柴田さんっていう人に教えてもらったんだ」 「柴田...って、もしかして、バラ屋敷のか?」 「岩城さんも知ってるの?あそこの奥さん、気さくで親切な人だよね」 「いや、俺は、バラの栽培で有名な園芸家の柴田春生って人がこの近所に住んでるって聞いたことがあるだけだ」 「あ、その名前、表札に書いてあった!あのちょっと気難しそうなダンナさんがそうなんだー。知らなかったよ。 俺、早朝なら人に合わないかと思って、岩城さんが帰って来ない日とか、近所を散歩したりしてたんだけど、 その時に、朝はやくから花の手入れをしてた柴田さんと知り合ったんだよ。 なんでか可愛がってくれて、たまに茶飲み友達に呼ばれてたんだ」 可笑しそうに香藤が話す。 その奥さんはどうやら香藤を芸能人だからと言って特別視しなかったらしい。 去年、冬の蝉の撮影がない時の香藤は暇だった。 思わぬところで知り合いを作ったり、息抜きを見つけたりしているのを知って、岩城は香藤らしいなと思いながら話しを聞いていた。 「そこのお宅にもバスケットが掛けてあって、それが本当にキレイに育っていてね、 それ見てたら俺が作ったのを岩城さんが育てるってのもいいなぁって思いついて、作り方を教えてもらったんだ」 そんな想像に表情がやわらぐ香藤を見て、岩城の口元も優しくほころんだ。 「そうか...奥さんが花つくりで、ご主人がバラか...一度、拝見してみたいものだな、その庭...」 「バラの咲く頃はそれはスゴイらしいよ。また一緒に行こうね」 その香藤の言葉に一瞬、目が輝いた岩城だったが、すぐに気を使う性格が首をもたげた。 「それは、まずいだろう。花を送った相手が俺だってバレたら、お前がよくても向こうが気にするだろう。せっかく仲良くして下さってるのに...」 「んー。それがもうバレちゃってるみたいなんだよねー。娘さんがいるから教えられたんじゃないの。 でも、変わらず付き合ってくれてるから、いいんじゃない」 「え、お前、それは...」 「それでも柴田さんから、誘われてるんだよね。バラの季節にはパートナーの方も是非ご一緒にどうぞって」 岩城を安心させるように香藤がニッコリ笑う。 躊躇しながらも魅惑的な趣味の世界の誘惑に勝てず、岩城はその件は香藤に任せようと思った。 「俺の花好きは母親の影響だろうな。母親は庭仕事の他に山野草の寄せ植えを楽しんでいたよ。 草もの盆栽って言うんだけどな。その中に、庚申ばらと魚子ばらっていう古いバラの盆栽があって、これは本当に大切に育ててたな。 俺も水遣りや草取りをよく手伝わされた。懐かしいな。ふふ...お前とガーデニングの話しが出来るとは思わなかった」 「俺だって自分が興味を持つとは思わなかったよ。植物の名前はやっぱり覚えられないけどね」 岩城から思い出話しが聞けて嬉しいと言う気持ちが、香藤の顔に表れていた。 自分が送った花が岩城に愛でられ、美しく咲き誇るのを想像するのは楽しかった。 岩城は岩城で香藤が自分のために花を選ぶ姿を、想像して楽しんでいた。 香藤の岩城の誕生日を祝いたい気持ちは、ささやかな行動ながら、岩城には十分通じたようだ。 ニッコリと香藤が笑う。 その笑顔が、岩城にはどんな花よりも一番綺麗に咲いている花のように見えて、幸せな気持ちを運んでくる。 そして、もっともっとその花をめでて、ずっとずっとはぐくんでいきたいと願うのだった。 明日は どこにも行かず二人だけでのんびり誕生日を祝おうね その準備は整ってる そして 35歳の岩城さんを愛でる名残の時間も まだたっぷりとあると思うと嬉しいんだ Happy birthday to you. は 明日 ね 岩城さん..... おわり 2006.1.9 千。 |
香藤くんの手作りのウォールバスケット!
綺麗な花と一緒に想いも沢山飾られていて・・・綺麗でしょうねえv
香藤くんって器用だと思うからこういうのもコツを掴むと習得が早そうv
優しい気持ちになりますvvv
千さん、素敵なお話ありがとうございますv