「香り立つ実」
一房の葡萄を自分の口元に運ぶと、そのまま一粒だけを口で噛み切り取る。 その粒を口の奥で噛んだと同時に、果実の汁が滴り落ち、そのままワインの樽の中に落ちていく映像と変わった。 綺麗なワインの中央に波紋が広がると、それはグラスの中のワインとなっていた。 流し目を送りつつ、スッと自分の右手を動かした。 その指先のテーブルの上には、赤いワインの入ったグラスが置いてある。 先ほど波紋が広がった物だろう‥‥‥ 綺麗な指でそのグラスを取り、口元に運ぶとワインと同じような赤い唇がアップになる。 ドキッと心臓が高鳴る。 その視線に射殺されそうになり‥‥‥画面から視線がはずせなくなった。 「うわぁ〜〜〜岩城さん、また、色っぽいな〜〜〜香藤」 録画CMを持ち込んできた小野塚が、苦笑して香藤に言い返す。 「本当、本当。また、岩城さんの見る目が変わるやつ出てくるだろうな〜〜」 一緒に遊びに来ていた宮坂もうなずき返す。 「お前が言うと、重みあるな〜〜〜ミヤ」 小野塚が頷きながらの言葉に、テレビを見入っていた香藤も頷き返していた。 「ひでっ!!手前ら!!」 宮坂が泣きまねしているが、香藤の口からは何も言葉を発せられなかった。 「香藤‥‥‥?」 そんな香藤に、宮坂が声をかける。 「おーーーい!」 小野塚も呼びかけながら香藤の頭を叩いた。 「イタ!!何するんだよ」 此処でようやく、香藤が我に戻ったと言って良かった。 「一番近くでいつも見ている奴が、一番呆けるな〜〜〜」 小野塚が意地悪そうに言い返す。 「俺、このCM知らない‥‥‥って、小野塚が何で持ってんだ?」 香藤が小野塚の胸ぐらつかみ、聞き返すと、 「それはね。まだ、解禁前のCMだからだ」 小野塚はにこやかに答える。 「うわ〜〜〜それは美味しいものを」 宮坂が嬉しそうに答えると、ふたたび再生ボタンを押そうとした。 「うわ〜〜〜やめろ!!見るな!!」 それに反応して香藤が暴れだした。 このCMはボージョレヌーボ用のCMだった。 元々はヨーロッパの方での豊穣際での儀式みたいなものだった。 今年出来た葡萄で作った葡萄酒で、豊作を祝い神に感謝するものだったのだ。 元々、日本のお祭りの豊穣を祝うものだったので、受け入れやすかったのかも知れないが、いつの間にか日本では一番早くに今年の葡萄酒を飲める国として、お祭りみたいになっていた。 最近は購買力が減ってきていたので、起死回生といったCMだったのだろうと想像がついたが香藤はこのコマーシャルの事をまったく知らなかった。 岩城の1番のファンと言っても過言ではない香藤がである‥‥‥ 「ううっ、こんなCMだったら反対してたのに〜〜」 香藤がテレビの前で叫んでいるが、 「まだ、服着ているだけましだろう?某テレビのCMなんて、上半身裸だったろうが」 と小野塚の容赦ない言葉が飛び交ってきた。 「そうそう、あれは天使の微笑みなんて言われていたぞ〜〜」 小野塚についで宮坂も楽しそうだった。 なんだかんだ言っても、悪友3人組の話は尽きなかった。 小野塚と宮坂が帰った後、香藤は買い物に出かけた。 夕飯の材料を見ていると、秋の物が出始めていた。 「う〜〜〜ん、秋刀魚と大根おろし。岩城さんの所からもらった新米炊いて、里芋と大根とあげの味噌汁‥‥‥かな?」 とブツブツ言いながら買い物をしていると、眼の端に紫の物が入った。 香藤は無意識にその紫の果物を買い物籠の中に入れていたのだった。 ‥‥‥と、言うわけで‥‥‥ あのCMに感化されたわけじゃないけど‥‥‥今日の食卓には葡萄が乗っていた‥‥‥ 秋の味覚だからと自分の心を誤魔化して買ってきたのだが、本当は目の前で見たかったのだった。 「うう〜〜〜俺って、心狭い!!」 誰もいないリビングで、葡萄を前に香藤は叫んでいた。 岩城が家に戻ってきた。 明日は二人で冬蝉の番宣があるので、久しぶりに家に戻れると連絡があった。 「岩城さん、お帰り!!お風呂にする?夕飯にする?それともオ・レ?」 玄関が開いた音に反応して、香藤が岩城にそう言った。 「そうだな‥‥‥香藤、もう一つ選択あるだろう?」 岩城の機嫌がいいのが楽しそうに答える。 「え?それって?」 香藤が呆然と聞き返すと、 「冗談だ。バカ!!さてと‥‥‥先に風呂にいいかな?」 岩城はそう言い返し、ネクタイを緩めながら香藤の横を抜けようとしたが、 「岩城さん、その匂い‥‥‥何?」 岩城の服から微かに香るアルコールの匂い‥‥‥ 「やっぱり‥‥‥匂うか?香藤?」 岩城が答える。 「うん‥‥‥アルコール‥‥‥だけど?ワイン?」 香藤はいつの間にか岩城を抱きしめ、その首筋に顔をうずめていた。 「今日の撮影で、ワインを被ったんだ‥‥‥白だったから目立たないけど匂いはな‥‥‥」 匂いを嗅ぐ香藤に、岩城は苦笑して答えると、軽く背中に手を回した。 「あっ‥‥‥俺、ダメかも‥‥‥」 香藤は小さな声でそう岩城の耳元で呟くと、キスを仕掛けた。 最初は唇をついばむだけだったが、ワインのアルコールの香りと匂い立ち始めた岩城の香りに香藤のキスは深く、執拗になっていた。 岩城の吐息も熱くなる。 「お前、何を考えてるんだ?」 しつこくなりそうな香藤に、岩城は聞き返すと、 「岩城さんの事だよ」 香藤はサラリと言い返すだけだった。 ΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦΩΨΦ 「で‥‥‥今回は何が原因なんだ?」 息を整え、気だるさの中で、岩城は香藤に聞き返した。 「えっ‥‥‥小野塚が岩城さんのCM持ってきてくれて‥‥‥」 香藤が答える。 「CMって‥‥‥まさかワインのか?」 岩城が驚いて聞き返した。 「うん、そう‥‥‥でも、あの仕事は俺、知らないんだけど‥‥‥?」 香藤が恨みがましそうに聞き返すと、 「あれは‥‥‥お前がアメリカの時の撮影だったんだけど‥‥‥」 岩城はあのCMの事をクスクス笑って言い返した。 「ええ、じゃなんで小野塚が持ってるんだ?」 寝そべっていた香藤はベッドの上に起き上がる。 「‥‥‥いや、ドラマの中でのあるシーンの中で、その中のテレビのCMに使ったんだ。確か局の視聴者へのクイズ問題だったんだけどな‥‥‥」 岩城は苦笑して答える。 開局記念に各曜日でクイズ問題を出した。 たとえばある曜日は一文字ずつを番組中に出して、それを繋いだ言葉が解答だったり、ある曜日はその本筋には関係ないが必ず出てきたお笑いの1組の名前が解答だったりした。 岩城の出ているドラマのある曜日は、このCMが問題となったのだった。 どうせやるなら、徹底的にとなりこのCMが製作された。 自分の出演するドラマや他のドラマの中ででる、テレビ画面にこのCMを放送して『ドラマの中のCMは誰だったでしょうか?そして、なんのCMだったか』を問題としていた。 その日1日きりのCMに凄い反響を得たと、後で話を聞いて驚いたのだった。 「それっきりなら‥‥‥なんで?」 香藤が聞き返す。 「今度、ドラマがDVDで発売されるんだ。それのおまけで‥‥‥フルバージョン乗せる話が出ていたな‥‥‥それでかもしれない」 岩城は他人事のようだった。 「あれを‥‥‥おまけ?そんな‥‥‥ありえない!!」 香藤がお声で言い返す。 そんな香藤にクスクス笑い、岩城はその暖かさの中でまどろんでいた‥‥‥が、 「小腹が空いたな‥‥‥軽く何か食べたい」 夕食も食べずに香藤に捕らえられたので、岩城が起き上がった。 「あっ‥‥‥ごめん。今日は秋の味覚そろえていたのに‥‥‥」 香藤が思わず誤ると、後追って起き上がった。 1階の台所に行くと、テーブルの上に葡萄が皿の上に置かれていた。 「葡萄か‥‥‥これでもいいぞ」 岩城はその房を取ると、下の方の一粒を唇でつまんだ。 「‥‥‥そんなの、反則‥‥‥」 テレビで見て、見たかったものを何気なくしてしまう岩城に、香藤は思わず鼻血が出そうだった。 秋の夜長に秋の実りを それ以上の豊穣の果実 目の前にして、香藤は熟させた自分に感動を覚えたのだった。 目の前の岩城は本当に香り立つ果実そのもの‥‥‥香藤にはそう思えたのだった。 ―――――了――――― 2006/10/ sasa |
そ、そんな岩城さん!
房から直接食べるなんて・・・鼻血出そうです!(はあはあ)
なんて魅力的なのかしらv
岩城さんのよい香りが溢れ出て来るようで・・・(^o^)
sasaさん、素敵なお話ありがとうございますv