モンブラン・ワルツ
「ただいま〜」 漸くロケ先から自宅にたどり着いた香藤が、玄関の扉を開ける。 荷物を一旦置いて、靴を脱ごうと身を屈めた時に、リビングのドアがガチャリと開いた。 「ただいまっ、岩城さ…。え!? 洋介〜?」 出てきたのが岩城だと疑いもせず、パッと顔を上げた香藤だったが、予想外の甥っ子の登場に驚く。 よく見れば、玄関のたたきに女物の靴が二足と小さな靴が並んでいた。今の今まで気がつかなかったが。 「ようちゃ、おかえりなしゃ」 幼児特有の舌っ足らずな言葉を発しながら、とたとたと駆け寄って来る。 「なんだ、洋介。来てたのか〜」 右手でお土産として買って来た箱を持ち、左手で洋介を抱き上げる。そしてリビングに入っていった。 「おかえり、香藤。お義母さんと洋子ちゃんがいらしてるぞ」 その香藤を、歩み寄ってきた岩城が出迎える。 「ん、ありがと。…ただいま、岩城さん。はい、これお土産」 そう応えて、片手に持っていたケーキの箱を渡す。 「中身はケーキだから。今、出しちゃって?」 わかったと岩城が頷き、香藤はソファーへと足を向けた。 「お兄ちゃん、ロケ行ってたんでしょ。どうだった?」 挨拶を交わし、洋介を抱いたまま座った香藤に、洋子が問いかける。 「ああ。天気も撮影もバッチリ! 文句なし!!」 「皆さんにご迷惑はかけなかった?」 美江子が母親らしく心配を口にする。 「もちろんだって。…でもホント、いい所だったよ。紅葉も始まってて。栗で有名な小さな町だったんだけどさ」 香藤はそう言って、栗の木のブロックを敷き詰めた小径、美術館、天井画の有名な寺院、古びた町並みなど、撮影で訪れた場所を臨場感たっぷりに話して聞かせた。 2人は楽しく聞いていたが、途中で洋子は首を傾げて問いかけた。 「お兄ちゃん本当にに仕事だったの? なんだか観光してたみたい」 「ばーか。2時間のサスペンスドラマで事件が起こるのどこだよ。探偵役が推理したり事件の鍵掴んだり、最後に犯人と対決したりする場所は」 「あー、そっか」 幾つかのドラマを思い浮かべた洋子は、確かにと納得した。 大概のサスペンスドラマでは、観光地か温泉地で事件が起こる。場所だけ追いかければ、旅行番組と大差は無いだろう。 「あら。ということは、洋二はサスペンスドラマに出るの?」 今度は美江子が問いかける。 「そ。探偵役の助手としてね」 そこに岩城の声がかかった。 「香藤。すまないが、洋介くん抱いててくれないか」 見ればいつの間にか香藤の膝から降りていた洋介が、岩城の右足にしがみついていた。 岩城は両手でトレイを持っていて、洋介を引き離すことができない。 「あっ、すみません岩城さん。ちょっと、洋介! 危ないでしょ!?」 洋子が素早く立ち上がって、洋介を引き剥がそうとする。 「無理に離すほうが危ないって。洋子、そのまま押さえてろ」 洋子に洋介を任せて、香藤がその隙に岩城からトレイを受け取った。 「はい。ロケ先で買ってきた、お土産のケーキ」 それぞれが腰を降ろし、目の前のテーブルにケーキ皿と、ティーカップが並べられる。 ケーキの甘い匂いと、紅茶の芳しい香りがあたりを満たした。 「うわ。可愛いモンブランだね」 テニスボールより一回り小さいモンブランがケーキ皿に乗っていた。 「そう。栗を使った和菓子の有名店が、洋菓子店もやってて。そこの名物のケーキなんだ」 洋子の歓声に香藤が説明する。 「和菓子用の和栗を、クリームに使ってるんだってさ」 「へぇ〜、そうなんだ」 そして、香藤を除く全員でまじまじとケーキを見つめた。 「あれ、なんで人数分あるの? …もしかして、お兄ちゃん。1人でこんなに食べるつもりだったんじゃないでしょうね」 「はあ〜? んな訳ねーだろ。何考えてんだよ」 2人のやり取りに、くすりと笑みを零すと、岩城が説明した。 「香藤が帰ってきたら、そちらにお邪魔する予定だったんだよ」 「あらそうだったの?」 「そうだったのって、おふくろ。この間電話でそう言っただろ?」 きょとんとした美江子に、香藤が突っ込みをいれる。 「…ああ、写真がどうとかって話ね」 何の話かと、洋子が聞き出そうとしたところに、幼い声が響いた。 「ねえねえ。このケーキ、おしょばのってるよ?」 洋介が不思議そうな顔をして、テーブルの上のモンブランを指をさしていた。 一瞬の間を置いて、大人達が爆笑する。 「そ、そう言われれば…、確かに(笑)」 笑いながらも、岩城が賛同の声を上げた。 幼児の目から見れば、細長く幾重にも重ねられて絞り出された、紫がかった薄茶色のマロンクリームも、蕎麦も同じような物らしい。 笑われている本人はきょとんとしていたが、周囲の大人達につられて、たのしいねぇとニコニコと笑顔を見せた。 それがまた、大人達の笑い声を誘った。 「あははは。さっすが親子だな。洋子と同じ事言ってる」 「同じ事って?」 香藤の言葉に、笑いすぎて滲んだ涙を拭きながら、岩城が聞き返す。 「あっ、お兄ちゃん!?」 洋子が止めようするが、構わずに香藤は話す。 「洋子も小さい時にモンブラン見て、蕎麦のケーキだって言ってたんだよなぁ(笑)」 「うーっ、お兄ちゃんのバカ! 何も岩城さんの前で言わなくてもイイじゃない!!」 膨れて叩こうとする洋子を避けながら、更に香藤が笑い続ける。 「香藤、いい加減にしろ」 岩城は呆れて香藤を諌めようとする。 そこに、しれっとした顔で、美江子が爆弾発言を投下した。 「あら、洋二だって言ってたわよ」 「は?」 「ええっ!?」 兄妹の素っ頓狂な声に美江子がだめ押しをする。 「洋二も蕎麦ケーキって言ってました」 「ウソっ!?俺、そんな事言った?」 「ほら〜。お兄ちゃんだって、おんなじじゃな〜い」 香藤の焦った声と洋子の勝ち誇った声が同時にあがる。 「本当よ。あなたたち兄妹も似てたけど、洋介は更に洋二にそっくりね。時々、洋二が小さいままそこにいるんじゃないかと、錯覚するくらい」 しみじみと美江子が続ける。 「目を離すとすぐに悪戯するところとか、好きなものを見つけると周りを見ずに突進するところとか、寝相の悪いところとか…。行動や仕草なんかが特に似てるわ」 「お兄ちゃんたら、こんなイタズラっ子だったの? うわー、お母さん大変だったね!」 と、洋子が呆れた声を上げた。 「洋子っ、お前なー…」 洋子に文句をつけようとした香藤の横で、岩城がのんびりと口を挟んだ。 「洋子ちゃん。香藤は今でも十分、悪戯小僧だよ」 「何それっ! 岩城さんまでー。それもこれも、元はといえば…」 香藤は次の矛先を美江子に向ける。 「おふくろ〜;;。何も岩城さんの前で言わなくてもいいだろ〜? カッコ悪いじゃん」 その言葉に岩城と美江子が顔を見合わせ、ぷっと吹き出す。 「やっぱり兄妹だな。ホント、そっくりだ」 「もう。お兄ちゃんたら」 洋子はため息をついて、やれやれとばかりに頭を振る。 秋の柔らかな日差しの中。 賑やかな大人達を、洋介は、ただ不思議そうに見上げるだけだった。 end 2006.10. 玖美 |
好きな物を見つけると周りを見ずに突進するという件で
笑ってしまいましたv
香藤くん・・・本当にそうだわ(笑)くすくす
とっても幸せな家族の風景に心が和みます・・・
玖美さん、素敵な作品ありがとうございますv