茶の花



ロケの為に京都に来ていた。
観光案内のような番組ではあるが、これも「冬の蝉」の宣伝になるのならと喜んで引き受けた。
ただ、すっかり肌寒くなった紅葉の京都にいるとふっと寂しさを感じる。
あの人がそばにいないから・・・
あの人は温かさと優しさに満ちていて、俺を身も心も癒してくれる。
あの人がいたならこの紅葉はさぞかし美しく、この寒さも全く違ったものに感じるんだろうけど・・・
お互い仕事なんだし、忙しいのは仕事柄いいことなんだとわかってはいるけれど――


これからお抹茶を頂くために茶室に向かう。
お抹茶は飲み方を習った程度、もともと堅苦しいのが苦手な俺にはあまり得意な分野じゃないが仕方がない。
素人にもお茶を楽しんで貰うというコンセプトらしいから俺みたいなのがかえっていいんだそうだ。
台本通り、型通りの説明をしながら茶室に入った俺は不思議な安堵感に包まれた。
―――なんだろう?
不必要なものを一切排除した小さな茶室には静寂と心地よい緊張感が漂っている。
ご亭主の挨拶を聞きながら俺の目は床の間に飾られた茶花に吸い寄せられた。
飾られていたのは秋の草花。
それ自体は野山にだって咲いている何気ない花なのに、楚々とした美しさをたたえ俺の心を惹きつける。

――ああ、そうか。ここは岩城さんのイメージなんだ。
無駄がなくて、凛としていて、決して派手ではないのに人の心を惹きつけてやまない・・・

『・・・気に入られましたか?』
ご亭主が俺の視線に気づいて説明をしてくれた。
季節感を大切にするお茶では茶花もその時期のものしか使わない。
全体の雰囲気を壊さないように、客をもてなす気持ちを込めて飾られるとの事だった。
花は薄、秋明菊、吾亦紅・・・
吾亦紅はすっかりその色を濃くしている。

吾亦紅 ――吾もまた紅(くれない)に染まる――
ふっと岩城さんを思い出した。

あなたがいて俺もまた紅に染まる。
俺がいてあなたもまた紅に染まる。俺が染める・・・

岩城さん、今、何をしてる?
何を考えてる?
何気ない瞬間にあなたを思い出して、俺はあなたに会いたくてたまらないよ・・・
そして、2人で染まりたい・・・


お茶をいただき、ロケを終えほんの少し心残りを感じつつ茶室を出た。
明日には家に帰れるはず。
花を買って帰ろう、岩城さんのように優しく旬の輝きを持った茶の花を・・・





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





ロケの休憩時間、ふと花屋に並べられた秋の花が目に入った。
大輪のバラや蘭の花に紛れてひっそりと置かれた茶花たち。
・・・こういう花はなんとなく落ち着くな
撮影でギスギスした心を和ませてくれる。
コスモス、秋明菊、吾亦紅、ほととぎす、すすきに槿。
ふっと香藤の顔が思い出されて思わず苦笑いがもれる。
あいつのイメージはもっと明るい大輪の花だ。
――でも、こんな風に俺に安らぎや安心感を与えてくれるところは同じだ・・・
今は確か京都でロケのはず。
あいつのことだからきっとどんなに辛くても弱音を吐かずにがんばっているだろう。
俺も負けられない、がんばらなければ、とは思うが・・・
撮影中はお前を俺の中から排除しなければならないから、俺の心は必要以上に寒い。
だからこんな風に体だけじゃなく心まで疲れてしまい、無性にお前が恋しくなる。
お前はいつでも俺を癒してくれるから。

―――香藤、今、何をしている?
何を考えている?
俺はこんな何気ない草花にもお前を思い出し恋しくなる。
お前に会いたい・・・
お前の温もりを感じたい、そして弱音を吐かないお前を癒してやりたい・・・


ロケの再開を告げる声がかかる。
またお前のことを忘れて違う『俺』になる。
次にお前に会えるのはいつになるだろう?
それまで頑張れるように俺に力を貸してくれ、香藤。

今日はあの花を買って行こう。
一人泊まる寒々としたホテルの部屋で、せめてお前の温もりを感じられるように・・・




「ねー岩城さん。この辺にガラスのポットなかったっけ?」
キッチンの棚をごそごそを漁っていた香藤はリビングのソファで読書をしている岩城に声をかけた。
「前に引き出物で貰ったやつか?あれは滅多に使わないから納戸の方にしまったんじゃなかったか?」
「あっそうか!ありがとっ♪」
バタバタとリビングを出て行く香藤を岩城は呆れ顔で見送った。
「なにやってるんだ?あいつは・・・?」

秋もだいぶ深まり夜ともなれば肌寒い。
昼間でも日光が当たらないと寒さを感じる季節になってきたオフの昼下がり。
香藤が鼻歌を歌いながらガラスポットの箱を抱えて帰ってきた。
「そんなものわざわざ出してきて何するんだ?2人分には大きすぎるだろう。」
「んふふ〜、これこれ♪」
香藤が岩城の目の前に差し出したもの、それはくすんだ緑色でゴルフボールよりちょっと小さめな枯れ草の塊りのようだった。
「・・・なんだ?それ・・・」
「見た事ない?中国の工芸茶だよ。」
「工芸茶?」
「うんっ、前に宮坂が上海ロケの土産にくれたんだ。せっかくだから岩城さんと飲もうと思って置いといたんだけどなかなか機会がなくて忘れてたんだよね。中国茶だけど大丈夫だよね?」
「へぇ、お茶なのか。面白いな。いただこうか。」
嬉しそうな香藤に岩城もにっこりと微笑んだ。


「そんなに大きなポットじゃないとダメなのか?」
「なんか、かなり大きくなるらしいんだよねー。」
リビングのテーブルに置いたガラスポットに先ほどの塊りを入れ、香藤はゆっくりと熱湯を注いだ。
「―――あ、広がってきた。」
ガラスポットの中で、枯れ草のようだった塊りがゆっくりと花びらを広げるように広がっていく。あっという間に直径15cm以上はあるポットいっぱいにお茶の葉で出来た花が咲いた。
そして、その広がった真ん中から真っ白い可憐な花がいくつも浮かんできた。
「見事だな・・それにいい香りだ。」
「ホントだね。綺麗〜〜〜。宮坂が岩城さんみたいって言ってた意味がわかったよ。」
「俺みたい?」
「うん、宮坂がそう言って持ってきたんだよ。岩城さんみたいなお茶だからって。見たら判るからって。」
「広がる前の方なら判るが・・・」
「な訳ないじゃん!なんかさぁ〜大輪の花みたいなのに落ち着くしさ〜〜♪いい香りがするのも似てるかも〜〜〜〜♪♪♪」
「ぷっ、全くお前は・・・」
ポットの中で咲き誇る茶の花を目を細めて眺めている香藤に岩城は目元を染めた。
「―――でも似てると言うのならそうなのかもな。お前の愛情をたっぷり注がれて今の俺がいるんだから・・・」
「っ、岩城さん・・・」
照れながらも岩城は香藤の目を見つめてはっきりと告げた。
必要なことは言葉にして伝えなければいけない、気持ちをきちんと伝えることは大切なことだから・・・・・
以前の岩城からは考えられない変化。香藤を愛するゆえの、そして香藤からの愛情による変化。
だが・・・
「・・・・・なんだ?その顔は・・?」
そう、岩城を見つめる香藤の顔はとろける直前のチョコレート並に脂下がっていた。
自然、眉間にしわが寄り声が低くなる。
「だってぇ、岩城さんが大胆なこと言うから〜・・」
不機嫌な岩城の声を聞いても香藤の顔はでれんとしたまま締まらない。
「・・・何が大胆なんだ。」
―――俺は真剣な気持ちを言葉にしただけなのに・・・―――
「え〜〜〜、だって熱い『俺』をたっぷり注がれてなんてさぁ〜〜〜♪も〜岩城さんたら大人なんだからぁvvv」
「はぁ?!・・・・・・・っ!ば、ばかっ!!そういう意味じゃないっ!お前の愛情は下半身と直結かっ!!!」
「ええぇ〜違うの?!だって当たってるじゃん!たっぷり俺の熱い『愛情』を注がれたから今の超色っぽくて綺麗な岩城さんがいるんでしょ?俺の『熱い愛』が岩城さんの中で眠ってたエロい部分を・・・」
「うるさい、うるさいっ!うるさーいっ!!!」
岩城の怒声と共にいつもの2倍増しの鉄拳が香藤の頭に振り落とされた・・・


そして―――
「・・・・・・・」
「・・・なんか・・見た目ほど美味しいもんじゃないね、コレ・・・」
「・・なんだかかび臭いんだが・・・もともとこういう味なのかな?」
「わかんない。俺も貰ったまま飲んだことなかったし。」
「―――ちょっと聞くが・・・いつ貰ったんだ?」
「え?――んー2年くらい前だったかな?」
「!!!傷んでるだっ!!この、大ばか者っ!!!!」
その日、二度目の鉄拳が香藤の頭めがけて振り下ろされた。



ちょびち 2006・11