秋祭り
−ハーフペイン ダブルジョイ
岩城と香藤がスタッフと夕食を終え、皆と外へ出ると、少し向こう側の道路が秋祭りの景色だった。 あるイベントの開催に2人で地方へ泊まりで出向いていた。 店の外まで見送りに出てくれていた店員が、「今、丁度、ここの秋祭り、なんです」と、言った。 「少し歩いてみる?」 香藤は嬉しそうに岩城に尋ね、岩城も笑顔で頷いた。 スタッフに、「俺達、少し歩いてからホテル帰ります」と香藤が告げると、スタッフ達も笑顔で手を振り別れて行った。 2人はそのままゆっくりと、薄暗い中で明るく照らし出されている場所へと足を向けた。 地方での開放感、そして然程規模が大きくない祭りであれば警戒感もなく、ほんの僅かだけだが普通 のデートらしきものが出来る、それは、小さな幸せを2人の胸に宿していた。 人々がざわめく中に足を踏み入れ、屋台の間を縫って2人は歩いた。 「金魚すくい、しよ」と言う香藤に、岩城は「持って帰れないんだ、止めとけ」と、答え、あっそうか・・と、 香藤が少し残念そうに、泳ぐ金魚たちを見下ろした。 そんな香藤を見ながら岩城は、きっとこいつは金魚も上手くすくうんだろうな、と、そんな事を思って、1人クスッと笑った。 笑う岩城を振り向いて、「何?」と、香藤が問うと、「いや、なんでもない」と、岩城は柔らかな笑顔で答えた。 こんな祭りの雑踏の中にいても、岩城は誰よりも清楚に感じられ、香藤は、そんな岩城を見て、手が繋ぎたい、と、感じていた。 しかし、我慢した。 そこまで開放的になるのは少し無謀に思え、また、どうせ岩城が拒むだろう、とも思った。 それに、せっかく自然な気持ちでこの祭りを楽しめている、そんな岩城を手を繋ぐことで緊張させ、 余計な気を使わせたくなかった。 それじゃぁ、と、香藤はヨーヨーをつろうと提案した。 色とりどりの綺麗な水風船が浮かぶ前にしゃがみ、吊り具を2つもらい、ひとつを岩城へ「はい」と言って手渡した。 吊る気がなかった岩城は、えっ、とやや驚いて、「俺はいいから・・・」と、小さく口にした。 そんな岩城に香藤は、だめ、と、ひと言告げると、自分は早速、浮かぶ風船に目を落としていた。 きらきらと目を輝かせながら水槽を見ている香藤の横顔を見ながら、岩城は、少し苦笑いをした。 こういった風景に香藤はよく合う、と、思った。 仕方なく岩城も吊る姿勢に入ろうとしたとき、香藤が横から、「岩城さん、何色が欲しい?」と訊いてきた。 こいつは、はなから俺がひとつも吊れない、と思っているな、そう思って吊り具を水につけて岩城が 追いかけた白い風船について泳いでいるゴムの輪だった、が、香藤の想像通り、吊り上げているとこ ろで無情にもボチャンと水に落ちた。 クスっと、少し笑った香藤は、難なく岩城が吊ろうとした白い風船を手に入れた。 それを「はい」といって岩城に手渡すと、自分は紫の風船を吊った。 それぞれに1つずつの風船を手にし、香藤はまだ吊れそうな吊り具を「はい、ありがと、2つあればいいから」と、店員に返した。 「香藤さん、上手ですねぇ!!」 無記名で歩いているつもりになっていた所に、突然名前を呼ばれ、少し驚きながらも、「そーでしょ!!」と、 笑顔で香藤は気さくに答えていた。 1人でも難しいところを、2人連れ立っていては、誰でもない誰かになることなど、ありえるはずはなかった。 互いが腰を上げ振り向いたときには、そこには人だかりが出来ていた。 皆、黙って上から2人の様を眺めていたのだ、と、今、始めて知った。 1人が握手を香藤に求めたのを歯切りに、1人、また1人と握手、サインなどをねだってきた。 そうするうちに自然に2人の間には人の壁に阻まれた距離が出来た。 求められることに、快く2人とも応じることが出来たのは、その人だかりが然程多くなかったからだった。 香藤がまだサインなどに応じている間、岩城も同様に応対しながら、ある程度の人がはけたとき、ふと目の前に、 色々な飴を並べている屋台が目に入った。 それを目にした岩城は、腰をかがめ、綺麗な色柄で並べられているものを、懐かしそうに見つめた。 昔、同じような秋祭りで、兄に買って欲しいとねだったことが、脳裏に蘇っていた。 まだ3歳にもならない頃だったので、兄に買ってもらった大きな飴を、口にほうばる事が出来なかった。 それでも自分は駄々をこね続け、しかし兄は危ないから、と、頑として口に入れさせてはくれなかった。 少しして、その兄が、自分の口から小さくなった飴を取り出し、「ほら」と言って自分の口に入れてくれた。 兄が自分の小さな手を離すまいと痛いほど握っていた感触、そして、そのときの口に広がった味は今でも忘れない。 岩城が少しだけ買おうと、飴の上に置かれているざるを手にしかけた、そのときだった。 目の前から無造作な声が投げつけられた。 「ホモに売る飴はねぇよ」 一瞬でざるに伸ばした岩城の手が凍りついた。 それは、考えてみれば不思議でもあった。 香藤と結婚もし、2人の関係は周知の事実として皆が知るところであった、にもかかわらず、今まで 当然耳にしていておかしくない、屋台主が口にしたその2文字の単語を、岩城は今、初めて自分が聞いたように感じた。 棘のある言葉は、一瞬で人の心を叩きのめす威力を持ち、岩城の差し出した手を引かせるには、十分 過ぎる役目を果していた。 見るつもりのなかった相手の顔を、瞬間、上げてしまった岩城の瞳が捕らえた。 自分よりは年齢が上に感じられた、日に焼けた肌を持つその男は、何かあればさらに口を開く用意がある、と、 そういった目で岩城を見据えていた。 1秒男を認めた岩城の目線は、すぐにそこを離れた。 時間にして10秒もない間の出来事だった。 今、起こったことを考える間もなく、香藤が「岩城さん」と、声をかけてきた。 「そろそろ、ヤバくなりそうだから、帰ろうか」 そう言う香藤に、岩城は反射的に、「ああ、そうだな」と、答えた。 ホテルに向かい歩きながら、少し元気のない岩城に、「疲れた?」と、香藤が訊き、岩城は少し笑みを浮かべながら、 「いや、そんなことはない」と、答えていた。 岩城の右手には、先ほど香藤がくれた白い水風船が弱く握られていた。 10分も歩かないうちに、今夜のホテルに到着した。 部屋へ上がり、ジャケットを脱ぎかけていた香藤が「あっ!!」と、声をあげた。 「どうした?」 岩城が振り向いて訊くと、香藤が「俺、携帯忘れた、さっきの店に」と言った。 「携帯?さっきの店・・・?って、食事をした」 「うん、そう。俺、テーブルに出したんだよ、それでそのまま忘れたんだ、ちょっと走って取って来るから、 岩城さん、シャワーでも浴びてて」 そう言って、すぐ香藤は部屋を出て行った。 岩城は部屋に1人きりになった。 独りになれたのがよかったのか、そうではないのか・・・・。 さっき聞いた声を消しゴムで消してしまえればどんなにいいだろう、と、岩城はそんな事を考えながら、 ゆっくりとベッドに腰を落としていた。 まだ続く祭りの中を、人の波を縫って駆け抜けながら、先ほど食事をした店に香藤は入っていった。 香藤が入ってくるのを、店員が見た瞬間、すぐに駆け寄ってきた。 「携帯電話、ですね」 そう、店員は右手に携帯を差し出しながら言った。 「よかったぁ!!ありがと!!」 「すぐお忘れになっているのを見つけて、追いかけたんですが・・・・」 「あっそうなんだ・・・ごめん!せっかく追いかけてくれたのに・・・ちょっとしか祭りの中に居なかったから・・俺達」 「いえ・・・・すぐ見つけることは出来たんです・・・」 そこまで言うと、店員は少し口を閉じ、その様子には、はっきりとしない何かが見え隠れしていた。 「・・・どうしたの?」 「・・・・実は・・・・見つけたのは岩城さんのほうで・・・」 「・・・・?ああ・・・俺、人ごみに隠れちゃってたかも・・・丁度囲まれてたから・・」 「・・・それで・・岩城さんにお渡ししようと、近づいたんですが・・・」 「・・・・・何?」 そこまで聞いて、店員が言おうとしていることは、決して聞いて嬉しいものではないことが、香藤に感じ取れてきていた。 「何・・・?岩城さん、何かあった?」 「岩城さん・・・飴を買おうとしていらして・・・そしたら・・・屋台主が・・・」 「どうしたの?」 「・・・・・・・・」 「いいから、言って」 「・・・・すみません・・・聞くつもりなかったんです、けど、屋台主が岩城さんへ・・・『ホモに売る飴はない』って・・・・」 「・・・!!」 「すみません!!もう・・・ちょっと話しかけられなくて・・・俺・・・・そのまま携帯持って帰って来ちゃったんです・・・」 「・・・・・そう・・・・」 「ごめんなさい!!俺・・」 「あっ、ごめん、いいんだよ、謝らなくって。言ってくれてよかったよ、ほんと!!ありがと」 そう言って、香藤は携帯電話を受け取った。 そのまま歩いて店を出た香藤の脳裏には、先ほどの帰る際の岩城の顔が浮かんでいた。 岩城は疲れていたのではなかったのだ。 疲れていたのではなく、動揺していたのだ。 自分と離れていたほんの数分の間に起こった出来事、それは、こうしたことでもなければ、そのまま 知らずに終わっていたかもしれない。 楽しむつもりの秋祭り・・・・顔と事情を全て公開してしまっている、そんな人間には、少しの風情 を楽しむことも許されないのか、いや、そんな事は百も承知で誘った自分が悪かったのか、と、香藤は苦い気持ちで思った。 香藤は、先ほど人ごみに囲まれた同じ位置に戻り、目を配ると、確かに飴を並べている屋台がそこにはあった。 少し考えて、店の前に進み、ざるに適当に6個余りの飴を放り込み、店主に差し出した。 「500円です」 店主が答え、その飴を透明のビニール袋に詰め替えた。 香藤は500円玉をひとつ差し出し、飴と引き換えた。 袋を受け取るとき、香藤はひと言、口にした。 「俺には売れるんだ」 店主は一瞬ハッとした表情で香藤を見た。 そこには無表情の香藤がいた。 目の前の自分ががいったい誰なのか、どうしてそんな事を言うのか、しっかりと店主には理解出来て いるだろう。自分が誰なのか判っていて飴を売った。それが余計、香藤には腹立たしかった。 所詮、その場限りの、深い気持ちもなく吐いた暴言。 自分が口にした言葉が、相手をどれだけ傷つけるか、そんな事さえ考えてはいないに違いない。 気まずそうな表情から、すぐ強気の表情へと変化していったその男に、香藤はひと言、 「いいよ、俺は飴さえ売ってもらえれば、それでいいんだから」と言って、その場に背を向けた。 何か言えば必ず相手は負けじと喧嘩を仕掛けてくるだろう。 こんなところで騒動を起して、こちらの方が失うものが遥かに多い事くらい、香藤にも判っていた。 そんな代償を払うほど、価値のある男ではなかった。 それに、そんなことよりも、今は一時でも早く岩城の元へ戻りたかった。 香藤が岩城の待つホテルの部屋へ帰ったのは、そこを出て20分もしないうちだった。 岩城は帰ったままの服装で、シャワーも浴びず、ただベッドに足を投げてぼんやりとしていた。 香藤が部屋へ入ってくるのを認めると、笑顔で、「おかえり、どうだった?あったか?携帯」と訊いた。 「うん、店の人が気がついて、とっといてくれてた」と、香藤も明るく答えながら、岩城の寛いでいるベッドへ、 同じく乗りあがり、ベッドヘッドに背をつけている岩城にまたがると、そっと前から抱きついた。 「よかったな」 岩城はそう言いながら、香藤の背に腕をゆっくりと回した。 「シャワー、浴びなかったの?」 香藤が訊くと、「ああ、なんとなく、な」と言う答えが返ってきた。 自分に何も告げるげるつもりがないことを確認した香藤は、静かに口にした。 「だめだよ、岩城さん、ちゃんと言わなきゃ」 香藤の胸に治まっていた岩城の頭が瞬時に上を向いた。 クスッと笑い、香藤はジャケットのポケットから、先ほど手に入れた飴の袋を取り出し、岩城の前にかざして見せた。 「あっ・・・」 驚く岩城は、おまえ・・どうして・・・、と、それだけ小さく口にした。 岩城の右腕を背中から外し、飴の袋を香藤はその手に渡した。 岩城が視線を飴が乗った手のひらに落とした。 「食事したとこの店員がさ、見てたんだよ、岩城さん・・・。携帯持って俺達を追いかけてくれててさ、丁度そのとき・・・・、 だから、携帯渡せなかったって・・・言ってた」 「・・・そう・・・か・・・・」 どう言っていいか判らない岩城の言葉は、不安定な反応を示していた。 そんな岩城を、再び正面から抱き寄せると、「もっー!!岩城さんっってば!!」と、香藤がその体ごと揺すり ながら声をあげた。 「なんで、黙ってるのさっ!そんなことっ!!言わなきゃ、判んないじゃん」 「・・・別にっ!!わざわざお前に言って・・・お前まで嫌な思いをすることはないだろっ!!」 そう言い捨てて、岩城は両手で香藤の胸を押し返した。 「ブーッ!!」 いきなり香藤はブーイング音を鳴らしながら、そんな岩城を睨んだ。 「その思考回路、削除して」 「えっ??」 「だ・か・らぁ」 そう言いながら、香藤は胸に突いている岩城の両手を外し、自分の首に回した。 「お前まで、っていう、その考え、それって、ひとつの胸に収めとくっていう事でしょ?それ、いつまで収めとくの?」 「いつ・・・って・・・」 「ずっと収めとくの?」 「そんな・・わけないだろ!!いつかは・・・忘れるに決まってる」 「忘れないよ」 「なんでお前にそんなこと」 「嫌な言葉や行動、それを受けた時の感触って、何となく思い出すもんだよ・・時々・・・ふっとしたときにさ」 「・・・・・・」 「そのたびにさ、胸に収めちゃってるもんだから、言えないよね、ますます俺には・・・どうして、 今ちょっと元気がないのか、とか・・・、ウツウツしちゃってるのか、とかさ・・・」 香藤は、少し体を離し、岩城の顔を覗き込んだ。 そこには、困惑しているような、照れているような、そんな幼さを感じる岩城がいた。 「だからさ、できるだけ話そうと・・・俺は思ってる。あんなことがあった・・・とか、こんなこと があった、とかさ・・・嬉しいことでも悲しいことでも、嫌なことでも・・・話せば繋がるでしょ?その後のいろんなことに・・・」 香藤の視線に覗かれている岩城の表情が、無言のうちに、そうか・・・・と、言っていた。 香藤は自分に比べて、多弁に語ってくれる・・・・そのことが自分にとっての、香藤を理解する材料 のひとつになり、そして安心へと繋がっているのだ、自分は相手の心の襞を知っている、と・・・。 そして、香藤に比べ何かと言葉が足りない、そんな自分であるのに、僅かなことからでも、香藤はよく自分を理解 してくれている、そのことがどれだけ稀有なことか・・・・。 時間と密度、そして相性が備わったとき、初めてそれは訪れるものだと、岩城は知っていた。 「それにさ・・・」 黙ってしまった岩城をそっと抱き込むと、香藤は続けた。 「それに、口にしちゃえば嫌なことも半分!放り投げちゃえばいいんだよ、俺に・・・・」 「そんなこと・・・」 「半分なんて言わずに、全部でもいい」 「・・・・・・」 「俺のほうが、上手く消化できる・・・だから!!俺に預けちゃえばさ。その分、幸せも倍!なんだから」 楽しそうに話している香藤を、顔を上げた岩城の瞳がじっと見つめていた。 真摯な眼で見つめられ、香藤は照れたように、「何・・・?もぅ・・・」と言いながら、岩城の手に握られていた飴の袋を取り、 中からひとつ取り出すと、口に入れた。 「美味しい、けど、結構、大変!!なんで、これ、欲しかったの?岩城さん」と、片方の頬を膨らませた香藤は、 しゃべりにくそうに言った。 以前として、岩城は黙って、そんな香藤を見つめていた。 「・・・えっ?・・どしたの?岩城さん・・・黙っちゃって・・・」 そんな香藤に、今度は岩城から両手を背中に回し、その体にふわりと抱きついた。 そして、その肩に、小さく呟いた、「愛してる、香藤」と。 「えっ・・?」 「本当に・・愛してる、香藤・・・凄く・・愛してる・・」 背中にこだまする岩城の声は、静かな熱と、穏やかな心、そして僅かな愛される感動を含んでいた。 抱き合ったままの2人の体は、自然に横へと倒れこんだ。 笑みを浮かべた香藤の唇が、横にある岩城の唇を塞ぎ、舌を差し入れながら、甘い粘膜とともに、少し小さくなった 飴を岩城の口に移し入れた。 飴を含んだ岩城の濡れた唇をそっと舌でなぞりながら、「飴、あげる。欲しかったんでしょ?」と、香藤が言った。 そのまま香藤は、指を岩城のシャツの間に這わせながら1つずつボタンを外し、軽く耳を噛んだ。 「その代わり・・・頂戴、全部・・・岩城さんの・・・この胸にあること・・・頭にあること・・・ 岩城さんを苦しめるもの・・・悲しませるものを全部、・・・俺が幸せに変えて、返したげる」 岩城はそっと目を閉じ、口に含んだ飴が呼び起こす記憶の波に揺すられていた。 昔は兄が・・・そして今は香藤がくれる、安心と喜び。 甘い記憶は、今、形を変えて、再び岩城に無償の愛を受ける喜びを感じさせてくれていた。 なんと自分は幸せなのだろう、そう感じながら、静かに目を開くと、頬に滑る香藤の唇を自分の口に導き、 小さくなった飴を移した。 両手で、その頬を挟み抱きながら、岩城が静かに、「昔・・・兄貴がくれた・・・お前と同じように 俺の口に入れてくれた・・・」と、呟いた。 少し目を丸くした香藤が、「えっ!!口移しでくれたの?」と言ったのに、クスッと笑った岩城が、 「ばか・・・指で、だ」と、答えた。 同じくクスッと香藤も笑い、その指は岩城のベルトをくぐり始めていた。 ぼそっと、「・・・そうなんだ・・・」と、香藤が呟いた。 「・・・3歳にもならない頃・・だけどな・・・」 「・・・じゃぁ・・・」 そう言って、香藤はゆっくりと岩城の上に体を移した。 澄んだ瞳が色を変え始めている岩城の、その瞼や鼻筋、頬などをなぞりながら、香藤は言った。 「じゃぁ、俺は・・・お義兄さんに譲ってもらってたんだ・・・」 「・・・何を・・・?」 「・・・んっ・・?」 少し微笑んだ香藤は、甘いキスをした。 その唇が触れる寸前に、香藤は独り言のように言葉を落とした、「岩城さん・・・・っていう・・・幸せを・・」と・・・・・。 2006・10 比類 真 |
前を向いて並んで歩いていくふたりですが
世の中にはこんな見方をし、言葉を投げつけてくる人も当然いるわけで・・・
でもそれに触れて心が痛んだ時にそれを包み支えてくれる人がいるのは
とても幸せなことです
優しい遠い記憶と厳しい現実とが混ざり合って
そして今甘いものへと昇華していくような感じが 切なくて綺麗です
比類さん、素敵なお話ありがとうございますv