秋の声



岩城はいつも無意識にあえぎ声を抑えようとする。
そんな岩城に口づけて、抱きしめて、ささやいて。
おずおずと交わされる吐息とシーツの衣ずれが、嬌声とベッドのきしむ音に変わっていく。
濡れて、つながって、突き上げて、苛んで。
抑えられなくなったあえぎ声に涙声や懇願がまじる。
何度も名前を呼ばれ、最後にひときわ高い叫び声が響いた。
からだを重ねたまま呼吸を整えながら、いつの間にか、岩城を鳴かせることに夢中になっていたことに気が付く。
声にあおられるのか、端正な顔立ちが官能にゆがむのがたまらないのか。岩城ののどがかすれてしまうまで鳴かせてしまったことを、香藤は少し後悔した。

呼吸音だけだった闇の中に、遠くから鈴虫の声が流れてきた。
「…秋だね、岩城さん」
「…ああ」
一瞬の沈黙のあと、二人はぎょっとして顔を見合わせた。飛び起きて、枕元の明かりをつける。
「窓が開いているってこと? 岩城さん」
「わからん。でも虫の声が聞こえるってことは、どこか窓が開いてるってことだろう?」
「どうしよう、俺。岩城さんをあんなに鳴かせちゃって〜。もし窓が開いていたら、岩城さんのあえぎ声がご近所に響きわたっちゃったかもしれないよ〜」
「うるさい!!」
「痛いよ、岩城さん」
「窓が開いているかもしれないんだぞ。声を抑えろ。とにかく窓を調べてみよう」
二人はガウンをはおって部屋を飛び出した。

自宅を建てる時、香藤は特に防音設備に力を入れた。
「だって、どこでセックスするかわかんないんだよ。どこで抱き合っても、岩城さんが安心してあえげるように、思う存分、俺が岩城さんの名前を叫べるようにしとかなきゃ」
力説する香藤に、岩城は半分はあきれ顔で、半分は心配そうに言った。
「香藤、防音を工夫するのはいいが、設計や施工の人たちにあんまり理由を説明するんじゃないぞ」
だから、二人の家の防音はほぼ完璧。俳優特有の、よく通る声を持つ二人が思いっきりあえいでもそれが外にもれる心配はない。ガレージの防音を忘れていたことに、香藤はあとで気が付いたのだが。

開けっ放しの窓がないか、1Fと2Fに分かれ、足早にチェックしていく。
「2Fは全部閉まってたよ、岩城さん。1Fはどう?」
「バスルームとキッチンは大丈夫だ。もちろん玄関も」
「じゃあリビング!?」
二人でリビングの窓を念入りにチェックする。
「おかしいよ、岩城さん。全部閉まってる。どうして鈴虫の声があんなにはっきり聞こえたんだろう?」
理由がわからず、しばらく顔を見合わせていると、
“りーんりーんりーん”
リビングにひときわ大きく鈴虫の声が響き渡たった。声の主はリビングの隅の小さな虫かごだった。
その日の午後、洋子と洋介が遊びに来た。洋介の顔を見せに来ただけだし、うちでパパが待っているからと、二人は30分くらいで帰ったのだが、洋介は車に鈴虫の虫かごをいくつも積んでいた。
「洋介が忘れていったんだね」
二人が沈黙していると、また鈴虫が羽根を震わせ始めた。
「こんなにそばに人がいても、静かにしていれば平気なんだな」
岩城は楽しげに虫の音に耳を澄ませた。

香藤が”静かに”というジェスチャーをしながら、ゆっくり岩城を立ち上がらせる。わけがわからないという表情の岩城をそっとソファまで連れて行く。そして、耳元でささやいた。
「岩城さん、鈴虫でゲームをしよう」
「ゲーム!?」
「しっ。声が大きいよ。鈴虫を驚かせちゃだめ。静かなところでないと鳴かない鈴虫のそばでセックスするんだよ。
どっちかが大きな声を出して鈴虫が鳴きやんだら負け。どう? 俺に勝てる自信ある?」
ささやくそばからうなじを舐められ、岩城は鳥肌を立てた。ガウンの胸元に滑り込んだ左手に乳首をつねられ、声がもれそうになる。
自信があるかって? あえぎ声をがまんしても、逆に香藤をあえがせようとしても、どっちも香藤の思うつぼじゃないか。
でも、勝負と言われたからには負けたくない岩城は、立てひざになって香藤の上にのしかかった。

2006.10.21 ゆみ

おバカな補足で恐縮ですが、この勝負、「あえぎ声では決着がつかず(岩城さん、がんばりました!!)、香藤君の振動で鈴虫がびっくりして岩城さんの勝ち」だったのではないかと、予想しております。


ふふふ、補足で笑ってしまいましたv
そうかあ、そんな勝負を!
でも・・・喘ぎを我慢する岩城さん・・・萌えですね!!!
香藤くんの振動っていうのもエロくって、いいです!

ゆみさん、素敵なお話ありがとうございますv