『きみがすきだよ』
風に吹かれて 空を眺める 切り取られた空ではなく いっぱいに広がる空 一人ではないと あなたも同じ空の下に居るのだと 信じてさせてくれる空 「俺のこと、思い出してくれてる?」 香藤が仕事のために北海道を訪れたのは何度目だろう。 アイドルのように騒がれていた頃も幾度か訪れたことがあった。 それはドラマやCMのロケだったりしたけれど、時間に追われたスケジュールだった事とスキャンダルを嫌う事務所の要望でホテルから一歩も出ることなく帰京したものだった。 北海道の雄大な自然なんて感じる暇さえなかった。 だから本格的に北海道を訪れたのは、事務所への反逆となった『冬の蝉』の撮影の時だった。あの時はこれでもかと言うくらいに自然を満喫し、人は決して自然の力には敵わないのだと思い知らされた。 岩城に降り積もる雪は、全ての物を消してしまうかのようだった。 香藤の想いも、二人の思い出も。 (ホントにあん時は岩城さんを大地に持って行かれんじゃないかと焦ったもんなぁ・・・) 秋月の愛情も罪も蔽い隠してしまうかのような雪の中で、息絶えた役を見事に演じる岩城の姿に見とれしまっていた。 台本がボロボロになるまで読み込んでいたおかげで自然と体が動いてくれたからNGを出すなんて無様な真似はしなくてすんだけれど。 (でも岩城さん、綺麗だったよな〜・・・雪に負けないって言うのはスゴクない?) 惚れた欲目を差し引いてでも、あの時の岩城はスタッフどころか大地さえ魅了するほど美しい存在だった。 死を選んだ秋月の体を抱きしめながら、自らも大地に包み込まれ同化していくような感覚が香藤の中に甦る。それは時代が許さなくても、大地が二人の愛を許し、護ってくれたかのように感じた。 だからこそ二人の愛が『死』によって終わらないという希望を与えてくれた。 映画のエンディングが二人の『終わり』ではなく、魂の始まりだと伝えてくれた。 あれから時間が流れ、確かに自分の腕の中に居た、愛しい人が今は居ない。 『たった二週間だろう?馬鹿なこと言ってないで早く出発しろ!』 今回の北海道ロケの出発前に離れたくないと、ごねてみせた香藤に岩城の拳骨が落ちる。 それすらいつもの風景。いつもと変わらなすぎて香藤は泣きそうになる。 (ボタンを一個掛け違えたら今は無かった?) 偶然と必然。 (ねぇ、岩城さんにとって俺は必然?それとも偶然?) どれだけ愛しても愛されても、決して満足できない自分の欲の深さにうんざりする。だけれど、岩城の傍に立ち続けることの努力を惜しまない自分が誇りでもある。 一緒に居れば不安なんて感じないのに、離れていれば心まで離れてしまいそうで。 そんな弱い自分を知られたくなくて、思うままに抱き寄せた細い身体。 見渡す限りの大地の恵みは、岩城が与えてくれる幸せの欠片にさえならなくて・・・。 そして、こんな子供じみたことを思っている自分に、また溜息をつく。 香藤が撮影しているドラマは、現代に生きるアイヌの人々の苦悩を一人の青年を通して見つめるというもので、香藤はその主人公に抜擢されていた。ドラマの中での香藤は自らの出自を恨み、故郷を捨て東京に逃げ出し、東京で暮らしていく中でアイヌとしての誇りに目覚めていくという役を演じる。 (香藤クンにはさぁ、この役を負け犬っぽくなく演じて欲しいんだよね。ほら、他の役者さんに任せたら都会に疲れてUターン・・・みたくされちゃうじゃない?そうじゃなくてさ。北海道の大地への渇望?みたいな・・・ん〜・・・大地と共に暮らし続けてきた民族の誇りを香藤クンに伝えて欲しいんだよね。) 大地に愛される人々の思いを伝えて欲しいと。 監督から言われた演技指導はそれだけだった。 そしてラストシーンは、どこまでも広がる小麦畑の中で佇む香藤の姿。 昇っていく朝陽を受けながら太陽の恵みを受け取り、その太陽が沈むまで畑の中で立ち続けるというシンプルなものであったが実際の撮影は大変なものだった。自然との共生をイメージしたものにするためにカメラは一台で千切れることなく香藤を映す。香藤は何時間も畑の中に一人で立ち続けたのだ。 ただ立っているだけ、というのは実は非常にきつい。激しい動きのほうが楽だと感じるほどに足が重くなってくる。見つめているだけで空が落ちてくるような錯覚にさえ陥り気が遠くなっていく。 何時間も立ち続けていると、大地と自分との境界があやふやになってきて、どこまでが自分なのか分からなくなってくる。役の青年の思いと、自分の岩城への想いがグルグルと香藤の中で回り続け、まるで空を飛んでいるようだった。 (この空の下に貴方がいるんだ・・・) 雪に抱かれていた岩城を思い出しながら、香藤は太陽の光に抱かれていた。 通常のドラマであれば映し出されるエンドロールさえ省略し、香藤の立ち姿だけを映し続けるそのエンディングは、ドラマの最高視聴率を弾き出した名場面となってしまった。 夢見るような、それでいて力強い香藤の瞳が女性ファンだけでなく、都会に疲れた多くの人の心を癒してくれたと絶賛され、なかには『大地の神への祈りが聞こえてくるようだ』と言う者までいたのだが・・・。
自宅のリビングで岩城と一緒にそのドラマを見ていた香藤は非常に焦っていた。岩城は放送当日には仕事で見れなかったために、録画していたドラマを遅れて見ているのだから世間の高い評価も知っているはずだ。一緒に見ようと態々、岩城から誘ってくれたというのに。いや、一緒に見るからこそ香藤は非常に焦っていたのだ。 そして噂のエンディングが始まると始めはじっと見ていた岩城の頬が少しずつ朱に染まっていく。そして、それとは逆に香藤の顔色が青褪めていく。 (ヤバイっ!絶対に岩城さんは怒る!ヤバイよ〜・・・) 「・・・おい、香藤・・・これが全国に流れたのか・・・?」 岩城の声のトーンが普段より2つは下がっている。その声に慄きつつ香藤は態と明るい声で返事をする。 「う、うん!そうだよ〜・・結構良い数字も出たし・・もう再放送も決まったみたいだし・・」 「ほ〜う、再放送か・・・。これがまた放送されるのか・・・」 岩城の機嫌が悪化していくのを香藤は止められなかった。何故なら・・・。
畑に立ち続ける香藤の瞳に浮かんでいたのは『岩城さん、好き好き光線』だったのだから。 「だ、だってさ、岩城さん!仕方ないんだよ、この男にとって大事なのは北海道の自然で、彼は自然の中に神がいるって信じてるんだもん!・・・それで、俺にとって大事なものは岩城さんで、俺の神様は岩城さんなんだもの。ほら、瞳だけで演じるっていうのは難しいんだよね?でも見てる人には大事な想いは伝わったみたいだし・・。」 一気にまくし立てる香藤の言葉に岩城はさらに顔を赤く染める。香藤の瞳が嫌なわけじゃない。ちゃんとドラマの趣旨である『大地との共存』への思いも伝わってきた。だけれど、いつも自分を抱きしめながら見せる瞳をドラマの中で見せた香藤に腹が立つ。そしてTVの前で、その瞳に見つめられたであろう視聴者にさえ嫉妬する。 「それにさ!結構じっと立ってるのって大変なんだよ。岩城さんへの愛だけが俺を支えてたんだからね!」 (ねぇ、だから許して?) そう瞳で話しかけながら香藤は岩城を抱きしめる。 岩城にしてみれば、嫉妬している自分に気づかれたくなくて態と大きく溜息をつく。 「まったく・・・。じっと立っていられないなんて、案山子を見習うんだな。」 香藤は腕の中の岩城の声から怒りが消えていることに胸を撫で下ろす。 「ひどいな〜、案山子はないでしょ?こんな色男の案山子なんて見たこと無いよ。」 「そうか?黄色い髪だし、でっかいし、案山子にちょうど良いんじゃないか?」 からかうように言う岩城の言葉に香藤が拗ねたように突き出した唇を岩城がそっと指で撫でる。 「公共の電波を使って告白なんてされたくないぞ。」 「うん。でも、俺のあの瞳を見たことがあるのは岩城さんだけだから、きっと誰も気がつかないよ。これからもずっと岩城さんだけが知ってればいいから・・・」 唇に当てられた岩城の指に口付ける。そして自分を見つめ返す瞳をじっと見つめる。 『きみがすきだよ』 そんな言葉を伝えながら、二人はゆっくりと唇を重ねる。言葉以上の想いを伝えるために。 了 「キミガスキダヨ」 畑の真ん中に立つ香藤の瞳の熱さに焼かれそうになったのは、岩城の心。 何も望まない、愛されるよりも愛することを望む香藤の真の姿を焼き付けたカメラに嫉妬したのは、岩城の瞳。 風の音さえ睦言に変えてしまう香藤に焦がれたのは、岩城のプライド。 「酷いなぁ・・岩城さん。こんなに男前な案山子なんていないよ?」
そんな言葉にさえ色めき立つのは、岩城の『色』。 「まぁいいけど?俺は岩城さん悪い虫が来ないように見張ってる案山子だし。ねぇ、いいでしょ?」 (お前の声だけが心を狂わせるのだと言えば満足か?) 自分のほうが相手を愛しているのだというエゴイズム。 その愚かなismなど打ち砕いてくれればいい。 「畑の中で立ってるのは結構、大変だったけどさぁ・・・岩城さんの中だったら何時間でも“勃って”られるんだけど?」 普段なら拳骨モノの言葉も香藤の荒い息の中で発せられれば、どんな睦言より甘く岩城の耳を擽る。確かな重量を持って岩城の中を縦横無尽に暴れる香藤の熱が、何時もよりも熱く感じのは愚かな嫉妬心のせいなのか。 岩城を穿ちながら、岩城の最奥を攻めなら、まるで抱かれているかのように感じるままに吐息を漏らす香藤の熱に体中の血が沸騰する。 「まだ・・・だ・・。まだ、足りない・・・っんぁ・・ぁぁああ・・!」 「いいの?そんなに俺を煽っちゃって。明日、仕事だよね?・・でも、俺もう止まんないから。ねぇ、明日は頑張ってね。」 欲しがったのは貴方の方だ、と言い聞かせるように腰を回す香藤の動きに声が上がる。 奪うように仕向けた罪を受けながら。 与えられる快楽に、わざと溺れて見せた。 世界中でお前が一番感じる場所が自分であるように、と祈りながら。
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