ちっちゃな幸せ
すごく怖い夢を見た。 岩城さんを必死で追いかけるんだけど、どんどん遠くへ行ってしまう夢。 どうしてかはっきりと覚えていないけど、なんだかとても嫌な夢。 ”冬の蝉”の影響か時々そんな夢を見る。 「岩城さん!」 叫んでハッと目を覚ますと腕の中にあの人がいない。 「だから岩城さん。どうしていないわけ。もうどこ行ってんのかなぁ。岩城さぁ〜ん。どこ〜」 だからあんな夢、見ちゃうんだよっとブツブツ言いながら階段を降りて行く。 リビングにいないならきっと庭だろうけどさ。音もしてるしね。 でも俺は行かないよ。怒ってるんだからね。 せっかくオフが重なった朝だから、もう少し一緒にいてくれたっていいじゃないか。 確かに昨夜は、岩城さんは割と早かったみたいだけど、俺は仕事でなかなか帰れなかった。 メールを入れておいたから、俺が寝室のドアを開けた時には、岩城さんはもうすっかり夢の中。 明日が一緒のオフだからいいだろうと岩城さんのベットに潜りこんで… 夢うつつの中、無意識に俺の腕の中に飛び込んできた最愛の人をギュッと抱きしめて眠った。 少しして玄関の開く音がした。そして足音。 リビングのドアが開くのを今か今かと待っていたのに…通りすぎてしまった。 手でも洗いに行ったのかな?っと思ったら、また通りすぎて…玄関の開く音。 もう。岩城さんのバカ。 待ちきれなくて、リビングの窓を開け、大声を張り上げた。 「岩城さ〜ん!!」 「あっ起きたのか?」 「起きたのかじゃないよ。なんで1人で起きちゃうわけ?」 「こらっあんまり外で大きな声を出すな。何を拗ねてるんだ。子供じゃあるまいし」 「だってさ。」 「仕方ないな。もう少しで終わるから、そしたら朝飯にするぞ」 「岩城さん。冷たい。。。」 リビングに岩城が現れてもクッションをかかえたまま香藤は動かない。 岩城の小さな溜息が1つ。 なんだかわけもわからずカチンときた。 夢のせいでちょっとナーバスになっていたのかもしれない。 嫌な空気が流れて、ダメだとわかっているのに小さくつぶやいてしまう。 「そんな溜息つかなくたって・・・」 「何をブツブツいってるんだ。言いたい事があるならはっきり言え」 「もういいよ。岩城さんなんか・・・岩城さんなんか・・・大きら・・・大好きだよ!俺、もう1回寝る!」 どうしても「嫌い」なんて言えない。 ドタドタと階段を上がり、自分のベットに潜り込む。 昨日は岩城のベットで寝てしまったから、俺のベットは冷たい。 「岩城さん。追っかけてもくれない。ほんとに冷たいよ」 あっちにゴロゴロ。こっちにゴロゴロ。 やりきれない思いを持て余して、自分が悪いとわかっているのに。 少ししてカチャッと寝室のドアが開いた。 「い・わ・ぎぃ・さ・ん ぐるじぃ〜。たすけてぇ〜」 寝室にタオルケットでグルグル巻きになった香藤のなさけない声が響いた。 俺の姿にクスクスっと笑みがこぼれて…岩城さんの表情がだいぶ和らぐ。 空気が少し軽くなった気がした。 「ああ。まったく。蓑虫みたいだな。そんなんじゃ一緒に寝れないだろ」 「岩城さん?」 「ほらっそこ開けろ」 「何?なんで?」 「朝からやりなおしてやるから」 「あっ岩城さん。あったかい」 「シャワー浴びてきたからな。庭仕事してたし」 「グフフッ。何?準備はOKって事?ではでは朝ごはんのかわりにいただきま〜す」 と思ったのだが・・・ ”ぐぅぅぅ〜 ぐぅぅ〜” 機嫌を直した香藤の腹の虫が突然、盛大に鳴り始めた。 「やっぱり朝飯にするか?」 お腹を抱えて笑い出した岩城に対し、それとは裏腹にガックリ肩を下げる香藤だった。 <おまけ> 「見て。見て。」 洋介が大事にかかえてきた箱が2つ。 1つには毛糸。もう1つには折り紙。 そして中から現れたのはそれらの切りくずでかわいく着飾った蓑虫。 「最近はめずらしくなったらしいけど…まだいたんだな」 毛糸の方の蓑虫をぶら下げて 「こっちは毛が長いから洋ちゃん」 折り紙の方は 「綺麗だから岩城さん」 あげるねっと言って置いていったけれど・・・ 「これ飼えないよね。岩城さん」 「・・・・・」 H18.10.29 千尋 |