too much white



「岩城さん、イブには帰ってくるからね。それまで寂しくても我慢してね。毎日
電話とメールするからね。」
香藤が永の別れかのような言葉を残してロケに出発したのはクリスマスイブの三
日前、二十一日の朝だった。





二十四日の早朝ホテルの部屋でテレビを見ていた香藤は口をあんぐり開けた。
画面の中にはサンタに扮した小野塚とトナカイに扮した宮坂がいた。
二人は一緒にラジオの番組をやっていてそのクリスマス特番の宣伝のために同系
列のこのテレビ局の生番組に顔を出しているのだった。



  『聖なる夜に俺たちの愛を電波に乗せてリスナーの皆さんにお届けします』
  『夜十一時から深夜二時まで三時間の生放送。』
  『なんとインターネットでも映像つきでライブ配信します。』
  『ネットが使える人は是非見てくださいね。URLはこちら。』
  『お二人のファンの方たちには最高のプレゼントですね。』
  『本当に俺たちからのプレゼントもありますよ。豪華ゲストもあるからお楽しみに。』
  『それはそうとその衣装どっちがどっちを着るかどうやって決めたんですか?』
  女性司会者の質問に小野塚がニヤッと笑う。
  『どっちがサンタがいいかリスナーに投票してもらって俺が勝ったんです。』
  勝ち誇ったような小野塚に宮坂が食って掛かる。
  『勝ったって言ってもメチャ僅差だったろーが。』
  『例え一票差だろうと勝ちは勝ちだよ。』



相変わらずな二人に香藤は苦笑する。
「あいつら今日一日ラジオ絡みの仕事に掛かりっきりか。大変だな。俺は昼まで
の撮り終わったら帰って岩城さんと・・・・むふふふ。」
香藤が顔を緩ませていると携帯が軽快なメロディーを奏でた。
「香藤おはよう。起きてたか?」
「おはよう岩城さん。起きてたよ。岩城さんからかけてくれるなんて珍しいね。
何かあった?」
「いや、何もないが天気予報見てたらそっちはお昼頃から荒れ模様になるって言
ってたから今はどうなのかと思ってな。」
「そうなの?そういやまだ外見てないな。」
香藤は携帯を耳にあてたままカーテンを開けて外を見た。
「今はまだチラチラ舞ってる程度だよ。これならロケできそう。」
「そうか、ならよかった。夜には東京も雪が降るらしい。」
「じゃホワイトクリスマスだね。撮りが終わったら飛んで帰るから待っててね。」
「ああ。」
携帯を置いた香藤は手早く身支度を整える。
「よっしゃー、今日も頑張るぞ。」
ここが文字通り飛んで帰らねばならない場所故に起こる悲劇をこの時の香藤は予
想もしていなかった。



雪が舞う中何とか予定の撮影を終える。
香藤は軽く昼食をとると空港に向かうため金子とともにタクシーに乗り込んだ。
行き先を告げると運転手が振り向いた。
「お客さん何時の便ですか?空港の方はかなり降ってるんで時間掛かるかもしれ
ませんよ。」
「三時過ぎです。間に合いませんか?」
「普通なら四十分位で着きますけど雪の降り具合によりますね。」



進むに連れて雪は激しさを増していく。
車の流れも徐々にゆっくりになる。
とうとう横殴りになり始めた雪を見て運転手が言った。
「ああ、こりゃ閉鎖になるかもしれませんよ。」
「え?飛ばないってことですか?」
「この雪じゃ時間の問題でしょうね。」
香藤は愕然としてシートに凭れ掛かった。
「念のため事務所に連絡して空港のホテル押さえてもらいます。」
金子は携帯を取り出して事務所に連絡を始める。
香藤は曇る窓を拭いて祈るような気持ちで降りしきる雪を見つめていた。



暫くするとついに道路が渋滞し始めた。
さっきまではゆっくりながらも流れてたのが今では歩いた方が速い位になっていた。
そしてとうとう運転手から決定的な言葉が告げられた。
「お客さん今無線が入ってやっぱり空港閉鎖になったそうです。どうします?こ
のまま向かいますか?」
「はい、お願いします。空港のホテル取れているので。」
「分かりました。ただしこの調子じゃ何時着くか分かりませんよ。」
香藤は内心で涙を流しながら携帯で岩城に電話をする。
「岩城さん、俺。あのね天気予報が当たっちゃってこっち凄い雪なんだ。でね・
・・空港が閉鎖になっちゃって飛行機飛ばないんだって。だから帰れなくなっち
ゃった。ゴメンネ。」
「そうか。天候ばかりはどうにもならないな。お前が謝るようなことじゃないだ
ろ。今どこにいるんだ。」
「空港に向かうタクシーの中。空港のホテル押さえてもらってあるから。でもさっきか
らあんま進まないんだよね。」
「大変だな。ホテルに着いたらまた電話してくれるか?」
「うん分かった。」
「じゃ気をつけてな。」
「うんアリガト。じゃまた後でね。」
香藤は携帯を切ると大きくため息をついた。
(ホワイトクリスマスがロマンチックたってこれじゃ白すぎだよ。)



香藤たちがホテルに辿り着いたのは五時を過ぎていた。
部屋に入るとベッドに身体を投げ出す。
狭い車内に四時間もいた疲れからそのままうとうとし始めたところに携帯が鳴った。
「岩城さんだ。ホテルに着いたら電話するって約束だったのに。」
香藤は慌てて携帯を手に取る。
「もしもし岩城さん。ゴメン、さっきホテルに着いたんだ。部屋に入ったらほっ
として電話すんの忘れてたごめんなさい。」
「そうか無事に着いたんだな。よかった。お疲れ様。」
「心配して電話くれたんでしょ。ゴメンネ。」
「お前さっきから謝ってばかりだな。全然そんな必要ないのに。電話したのは心
配もあったけど出かけることになったから知らせておこうと思って。」
「え?出かけるってどこへ?」
「急な仕事が入ったんだ。小野塚くんたちが今夜ラジオで生放送するの知ってる
だろ?それにゲスト出演することになったんだ。」
「えー、あいつらのラジオに?それオファーがあったの断ったんじゃなかったの?」
「ああ、断って浅野くんが出ることになってたんだけどな。彼も今そっちに行っ
てて同じく帰れなくなったからピンチヒッターでな。元々俺にオファーがあった
んだし、それにお前がいないなら仕事もいいかと思って。」
「俺がいたら断ってた?」
「ああ、申し訳ないがな。インターネットでも流すらしいからそっちでも聴ける
よな。出る時間決まったら知らせるから聴いてくれよ。」
「当然じゃん。あいつらと一緒ってのが気に食わないけど岩城さんの顔見れるのは嬉しい。」
香藤は即行でフロントに電話をしてパソコンを借りた。



岩城が出るのは零時半頃とのことだったが香藤は放送開始の少し前からアクセス
した。
人気がうなぎ上りな二人だけに混雑で繋がらないことを心配したのだ。
二人の仕事振りやファンの反応がダイレクトに分かる滅多にない機会に興味もあった。
時間になり『メリークリスマス!』の言葉で番組が始まる。
リスナーを飽きさせない二人の軽妙な進行振りに香藤は感心する。
二人の問いかけに対するファックスやメールでの反応の多さにその人気を再認識する。
香藤は自分のことのように嬉しかった。
そして待ちに待った岩城の登場時間が来た。



  『ではここで二人目のゲストの登場でーす。』
  『なんと岩城京介さんが来てくれました。どうぞ〜。』
  『皆さんこんばんは岩城京介です。小野塚くん宮坂くんどうぞよろしく。』
  『こちらこそよろしくお願いします。』
  『今日は来てくださってありがとうございます。』



「ああ、岩城さ〜ん。」
香藤はパソコンのディスプレイにかじりつく。
「ゴメンネ〜、俺が帰れなかったばっかりにこんな時間にそんなやつらと仕事さ
せちゃって。」
香藤が涙目になっていることなど知るわけもない岩城はクリスマスの思い出など
を訊かれ答えていた。
 


  『ところで岩城さん今日香藤は留守番ですか?それとも近くまで来て待ってるとか?』
  『あ、俺もそれ訊きたかった。皆も一番気になってると思う。』
  『香藤は今北海道だよ。今日帰る予定が飛行機が飛ばなくて足止めされてね。』
  『あいつ帰れないって分かって泣いてませんでした?』
  小野塚らしい問いに岩城は軽く苦笑しながら答える。
  『まさか、こんなこと珍しくないし泣かないよ。』
  『そうっすか。でも今日はクリスマスですからね。あいつ色々計画してたはず。』
  『そうそうあいつイベント好きだからなンも考えてないはずないよな。』
  『それが全部パァになったんだから今頃一人で泣いてると思うンすけどね。』
  『いや、今これ聴いてるって言うか見てると思うよ。』
  それを聞いた途端二人は立ち上がって岩城を挟むように移動する。
  『香藤〜見てるか〜?岩城さんと一緒だぞいいだろう。』
  『俺たちが岩城さんに寂しい思いはさせねーから安心しろや。』



二人の手が岩城の肩に回っているのを見て香藤は思わずディスプレイを掴んで揺
すっていた。
「てめぇら岩城さんに触んなー!」
いくら叫んでも二人に伝わるわけもなく番組は進んでいく。



   『えーとっても残念ですが岩城さんとはそろそろお別れになります。』
   『じゃあ岩城さん、最後に香藤に愛のメッセージをどうぞ。』
   『えっ?』
   小野塚の言葉に岩城の目が驚きで見開かれる。
   打ち合わせではリスナーへのメッセージになっていたのだ。
   『香藤寂しがってっと思うからなんか言ってやってください。』
   『後で電話するからいいよ。』
   『そんなこと言わないで。皆だってきっと聴きたいって思ってますよ。』
   『岩城さんあんま公の場じゃそういうこと言わないでしょ。香藤喜びますよ。』
   『岩城さん、香藤へのプレゼントだと思って言っちゃいましょうよ。』
   岩城は困ったように俯き加減になっていたが決心したかのように顔を上げた。
   『分かった。じゃあお言葉に甘えさせてもらうことにするよ。』
   『どうぞ。香藤これは俺たちからもプレゼントでもあるんだ。ありがたく思え。』
   『じゃ、岩城さんどうぞー。』
   宮坂に振られ岩城はまっすぐにカメラを見る。
   その顔にはなんとも言えない優しい微笑が浮かんでいた。
   『香藤、今日は大変だったな、お疲れ様。
    今夜はお前と過ごせると思ってたから寂しいよ。
    明日は少しでも早く飛行機が飛ぶよう祈ってる。
    待ってるから気をつけて帰ってきてくれ。
    メリークリスマス、愛してる、香藤。』
   愛してるの言葉が出るとは思ってなかった二人はあっけに取られ暫く沈黙が流れる。
   小野塚の方が早く我にかえる。
   『相変わらずらぶらぶっすね。今頃香藤大喜びですよ。』
   『ブースの中の温度が上がった気がします。皆も熱くなったよね。』
   宮坂も我にかえり汗を拭く振りをしている。
   『本当に時間になりました。ありがとうございました。岩城京介さんでしたー。』
   『こちらこそありがとうございました。』



二人に拍手で送られ岩城の姿が消えても香藤は動けなかった。
その目からは嬉し涙が零れていた。
携帯がメロディーを奏で岩城からの着信を知らせる。
「岩城さん・・・・・」
「香藤・・聴いててくれたか?」
「うん、うん、聴いてたよ。岩城さん俺嬉しい。ありがとう。」
「ああ。」
「岩城さん今どこ?家じゃないよね?」
「ラジオ局の近くのホテルだ。遅いし雪降ってるからって清水さんが取ってくれた。」
「そっか。・・・・・岩城さん俺も愛してる。」
「ああ。」
「明日できるだけ早い便で帰るからね。」
「ああ、待ってる。お前今日は疲れただろ。もう寝ろ。俺も寝るから。」
「うん、分かった。じゃおやすみ岩城さん。」
「ああ、おやすみ。」
二人は携帯越しにキスを送りあって通話を切った。
そして暖かい気持ちを抱えたままベッドに入り眠りに落ちていった。



岩城の熱いメッセージが寒気と雲を押しのけたのか激しかった雪は止み星が瞬き
始めていた。



END

'05.12.15  グレペン

画面の向かうからでの岩城さんの言葉は何よりのプレゼントですよね
香藤くん・・・良かったねv 私達まで嬉しくなっちゃった!
小野塚&宮坂の悪友コンビがすごく良い味です(^O^)面白いですv
グレペンさん、素敵な作品ありがとうございましたv