「サンタの目印」



時計のカレンダーは今日がクリスマスであることを示していた。早、イブも過ぎ、クリスマス当日、人々の街行く流れは相変わらずで、ネオンの瞬きは一層賑やかだ。
といっても、昼日中の話ではない。深夜である。
イブである24日、24時が終わり、クリスマスである25日の0時を回ったところ。
今年のクリスマス・イブは、三連休の中日という事もあって学生のみならず社会人でさえ、明日を気にすることなく、この夜を楽しんでいるようだった。

仕事帰り、少し時間は遅くなったが、香藤は実家まで車を走らせる。
洋介にプレゼントを届ける約束をしていたのだ。
予定より遅くなってしまったことを洋子に詫び、小さい洋介にも申し訳なく思ったが、それでもサンタ姿で現れた香藤に洋介は喜び、その笑顔に二人は満足した。

「はああ、行ったかいあったなー」
「お前、案外、叔父バカだな?まさか、その衣装が自前だとは思わなかった」
岩城は、香藤を見て笑った。イベントなどでよく使われるような、真っ赤なモコモコとした布に白い縁取り。てっきり、衣装部からの借り物だと思っていた。
「あ。言ったね?香藤家では代々、毎年クリスマスにはサンタが来るものと、決まってんだよ。これは、先代サンタからの譲り受け品」
「代々?お前のところにも来たのか?」
「来た来た!・・まあ、先代サンタってのは、親父なんだけどね。」
あの、シックな香藤の父親がそんな事をしていたとは、岩城は少し想像を巡らし、可笑しくなった。
「正確には中学ぐらいまでだったかなあ。途中から、サンタは普通の人になった」
「え?お前、中学まで信じてたのか?」
「そうだよー?俺っては、純真でしょーーー?」
香藤はそう言って笑ったが、すぐに
「なーんてね。まあ、気付いてたけど、黙ってたってのがホントのとこ。さすがに、途中で親父も気付いて、洋子が小学校を卒業した年からはしなくなった」
お互いの引き際だったと言うことだろう。
「岩城さんとこは?サンタさん来た?ても、あの日本家屋だと、どっから入ってくるのかなあ・・」
「うちは・・・クリスマス自体、無かったな。年末はなにかと親父も忙しそうだったし。夕飯に久さんが鳥料理を用意してくれるぐらいだったと思う」
「ああ、そっかー。まあ、クリスマスって顔じゃあないもんね。」
香藤は、岩城の父親の顔を思い出してそう呟いた。確かに、ケーキを囲んでいる図は想像がつかない。
香藤は少し顔を曇らせる。淡々と説明をする岩城を見て、まずい事を聞いてしまったと思った。
そんな香藤の顔を見て、岩城は少し眉を寄せたが、ふと。
「いや・・・。サンタ。そう言えば、自称サンタってのには会った事あるぞ」
何かを思い出して、そう可笑しそうに口に出した。
「自称?学校か何かで?それとも、イベントとか?」
「いいや、違う」
岩城はそう言って、事のあらましを説明し始めた。



それは、岩城がまだ幼稚園に上がる前だったという。
家では、クリスマス行事は無かったが、ちまたでは、子供達がどこぞの家で集い
クリスマス会を催していた。当時、そういう子供会のようなものが流行っていたらしい。
岩城は、小さい頃は兄である雅彦によく面倒をみて貰っていた。学校から帰ってきた雅彦は、夕飯まで岩城とよく遊んでいたそうだ。
もちろん、基本的にはお手伝いの久子が岩城を見ていたのだが、雅彦が友達と公園に行くときなどは、岩城も一緒に連れて行ってもらっていたという。
「その年は、兄貴がクリスマス会に呼ばれたんだ」
岩城は、少し複雑そうな顔をした。
雅彦の友人達とはよく遊んでいた岩城だったが、さすがにその時ばかりは家に置いていかれたそうだ。
「そして、俺はその時、一人で公園に行ったらしいんだな」
これは、後から久子に聞いたことである。
どう思って、そこに行ったかは覚えていない。置いて行かれてふて腐れていたのか、ただ、遊びたかったのか。それまでは、雅彦か久子か、どちらかと一緒で一人では行ったことのない公園に、岩城は一人で行ったのだという。
「一人で?それって、危なくない???」
「そうだな。後で迎えに来てくれた久さんに、心配したといって泣かれたよ」
悪いことをした、と岩城は苦笑した。
とにかく公園に行き、一人でブランコに乗っていたときに、その人が声をかけてきた。

「こんにちは、京介くん。クリスマスには何が欲しい?」


「え?そう言ったの?」
香藤は、バケットを切っていた手を止めた。
イキナリな展開に、思わず口を挟む。
「ああ。そう言った」
岩城はチーズを皿に並べながら、香藤に向けて笑い顔を見せる。


親しげに声をかけた来た人物に、覚えは無かった。
しかし、自分の名前を知っている。
「おじさん。誰?」
全うな問いを、小さな岩城は口にした。
「おじさんは酷いな〜。この格好、若くないかい?」
その人物は、眉をハの字にして、子供の問いに不満そうにそう尋ね返した。
今の岩城の年から振り返れば、確かに若かったのかと思うが、3〜4才の岩城からみたら充分おじさんと呼ぶにふさわしい年恰好だ。
岩城の言葉に不満げな顔を作っていたその人物は、不審な目で見る小さい子供に向かって、満面に笑顔を浮かべて言った。

「お兄ちゃんは、サンタだよ!」


「え!?何?それ?」
香藤は、ワインのコルク栓を開け損ねた。思わず「あっ」と声がでる。仕方なく、コルクの少しずらした場所にスクリューの先端を当てなおした。
「危ないヤツだな〜。」
言いながら、コルクを破らないように、ゆっくりとスクリューを押し廻す。
「それに、サンタなら、普通もっと“おじいさん”って格好じゃないの?」
香藤が加えて、指摘した。
「どう考えても不審者だよ。岩城さん、危ないよー!」
そして、最後に結論づける。
岩城もそう思う。
ただ、その時には、全く怖いという感情は湧かなかった。


「クリスマスなんて、うちないよ。サンタさんなんて、こないもん」
小さい岩城は、サンタだと名乗る人物に答えた。
「そんなことないさー!サンタは誰の家にも行くんだよ?」
自称サンタは、さも心外だという顔をする。
「まあ、最近は子供の数も増えたから、毎年ってわけには行かなくなっちゃったけどね」
小さい声で付け加えると、少し苦笑いした。
「今年は、君の番。何が欲しい?」
小さい岩城は、突然の質問に答えられないでいる。
こんな、知らない人に欲しいモノをお願いしてもいいのだろうか。
それよりも、知らない人にモノを貰ってはいけないと、いつも言われている。
もっと言えば、知らない人と口をきいてもいけないかもしれない。
岩城の沈黙を別の意味に捉えた自称サンタは、眉を一つあげると、
「遠慮しなくても、いいんだよ?一生に一度、あるか無いか、だからね?」
再び、答えを促した。
どうも、「毎年行けない」ではなくて、「めったに来ない」ということらしい。
岩城は考えた。ウソか本当かも判らない。それなら、言うだけならいいかもしれない。
「クリスマス会に行きたい」
「?」
「お兄ちゃんが、クリスマス会に行ってるの。僕も行く」
サンタは考え込んだ。
「クリスマス会って、今日だよね〜?プレゼントって、24日まであげられないんだよね。ちょっと無理かな;;。他には?」
小さい岩城はもう一度考えた。どうしたら、クリスマス会に行けるのか。
そして。
「じゃあ、友達!」
「友達?」
「僕だけの友達が欲しい!そしたら、僕をずっと呼んでくれるでしょ?お兄ちゃんの友達じゃなくて、僕の友達が欲しい!」
「うーん;;;;」
自称サンタは、もう一度考え込んだが、
「他には?何かおもちゃとか・・そんなのはない?」
できたら、そっちの方向で・・・と、言外に希望された。
「ない」
アッサリと、岩城は首を振った。
「困ったな〜;;;」
サンタは、そう頭をかいた。



「それで?」
香藤はイスに座りながら、話の先を促した。
テーブルには、簡単なオードブルと、パン、ワインが並べられている。
「いや、それだけだ」
岩城も香藤の向いの席に着く。
「欲しいもの、無かったの?」
香藤がワインを岩城に注いだ。
「その時は、思いつかなかったな。」
それを受けながら、岩城は苦笑して再び答えた。
二つのグラスにワインを注ぐと、
「メリークリスマス!岩城さん」
香藤が高らかに声を上げ、岩城はそれに頷いた。
ツィーン、とグラスの音が続いて響く。一口づつ、ワインを口に含んだ。
「俺なんて、チビの頃、欲しいものいっぱいあったけどなー。ゲームでしょ?ボールでしょ?グローブに・・・後、スターカードとか・・・」
香藤は、惣菜を皿に取りわけながら、次々と自分の欲しかったものを挙げていく。
「それ、貰えたのか?サンタに」
岩城はそんな香藤を面白そうに眺めた。よくそんなに、思いつくものだ。
「毎年、一つだけね。だから、中々、欲しいものに追っつかなくってさ・・・」
香藤は、そう言って渋い顔を作った。
「お前は欲張りだからな。何でもかんでも欲しがってたんだろう」
「そ、俺、欲張りなの。でも、それが俺のいいとこだって、岩城さんも言ったじゃん?」
香藤は得意げな顔で答えると、
「でも、一番欲しいものは、もう手に入ったから。」
岩城を真っ直ぐに見て、そう付け加える。
「・・・ああ、俺もだ」
一瞬の間を空けて、少し低い、岩城の声が返ってきた。


軽く祝いの真似事を済ませ、二人はベッドに入った。
クリスマスは、行事好きの香藤のおかげで、仕事の都合で日にちは前後することはあっても、しっかりと毎年祝っている。
プレゼントだツリーだと12月に入ると同時に騒ぎ出す香藤に、クリスチャンでも無いのにそんなに力を入れなくても、と岩城は少し呆れつつ、子供の頃にしなかった分、今取り返しているようにも思う。
岩城は、香藤の腕に抱かれていたが、ふと、よりその身を今まで重ねていた体に寄せた。
そして、香藤の寝息を子守唄にし、静かに目を閉じた。


「困ったな〜;;;」
目の前の男は頭をかいた。
先ほど香藤に話した自称サンタ。昔に確かに見た姿そのままに、岩城の目の前に立っていた。
―夢を見ているのか。
「京介君だけの、友達か〜;;;。これって、サンタの管轄外、なんだよね〜;;」
岩城の驚きは目の前の人物には届いていないようで、サンタは、ごそごそと懐から黒い小さな手帳を取り出すと、ペラペラとページを捲り始めた。
「京介君の友達〜っと・・・。ずっと・・って事は一生ってことだよね〜・・・
え〜っと。」岩城は、友達が欲しいと言った。しかし、その後のことは覚えていない。
―まだ、続きがあったのか・・・。
ダメだと言われて、終わったわけでは無かったのだ。
手帳をパラパラと捲っている姿に、思わず期待してしまう。目の前のサンタは「岩城の友達」の事を探しているようだった。
「・・・・あれ?」
サンタは、手を止めた。
「あら〜?未記入・・?・・・。てことは、まだ決まってないのか・・・」
「?」
様子がおかしい。続きを期待して、しかしなぜか困った風のこの目の前の人物を岩城は不安そうに見つめた。
「うーんと。本当はこういう人生に関わる事って、サンタの管轄外・・なんだけどさ;;。出来たら、コッソリと教えてあげようかと思ったんだけど、どうしようかなあ。」
岩城が不安に見上げる目を見て、サンタは困ったように一頻り考えていたが・・・。
「そうだ、じゃあこういうのはどうだろう?」
ぱっと、顔を明るくすると、サンタは岩城の前にしゃがみ込んで、目の前で嬉しそうに笑った。
「ね、京介君。京介君の友達は、必ずいる。絶対、現れる。でもね?まだ、決まってないんだよ。」
岩城は不思議そうに、この真剣なサンタの顔を見た。
「だから、教えてあげることは出来ないんだ・・・。だからね?」
サンタはとてもいい事を思いついたというように、
「絶対、判るようにしてあげる!京介君の友達が目の前に現れたら、必ずそれと判るように!」
ウソではない、確かな言葉としてサンタは小さい岩城に約束する。
「なぜか、人間って大事な人って、見過ごすんだよね・・・。僕たちには理解できないけどさ。ちゃんと、目を開いてたら会えるのに。余計なことに気を取られちゃって、違う人と取り違えて、遠回りする・・・。」
ぶつぶつと、簡単な問題を何回も間違える生徒を歯がゆく思う教師のように、そうごちた。
「君ってちょっと、そういうことに疎いみたいだし、何だか、この先複雑だから、なかなか会えずに苦労しそうだ・・・。だからね!?ちょっとした目印を付けておくよ。そしたら、イヤでも気付くと思うんだ。だから会えたら、すぐにその子とクリスマス会が出来るよ!」
これ以上はない考えだという風に、サンタは自信満々で岩城に宣言した。
そして、自分の案に満足した自称サンタは、いきなり目の前に現れた時と同じように、岩城の前からいなくなった。

サンタが公園から出て行った姿というのは岩城の記憶にはない。
独り残された岩城は、公園まで探しに来た久子に連れられて家に帰ったのだった。
家では、用意されていた鳥の照り焼きを夕食に食べた。食後には小さいケーキも用意されていた。独り置いてきぼりを食らった下の息子のために、母親がこっそ
りとプレゼントを手渡してくれた。クリスマス会でプレゼント交換した、雅彦の品と同じ包みだった。
そうした事があり、岩城はその事を忘れていたのだ。
小さい岩城には、少しばかりサンタの言ったことは難しかった。


景色が途切れ、岩城は静かに目を開ける。
目の前には、変らず眠っている香藤がいた。

―イヤでも判るようにしとくから!

「目印って・・・これか・・?」

派手すぎる、パフォーマンス。
廻りの迷惑を顧みない行動。
とことん諦めない押しの強い性格。

そして、痛いほどぶつけられた、真っ直ぐな心。

確かに、「イヤ」でも気が付いた。
そして、それから毎年「クリスマス会」は行われている。欠かさずに。
岩城は、苦笑いする。サンタのプレゼントとは、こんなに端迷惑なものだったのか。

「でもね!?!岩城さん何事も無かったから良かったようなものの!気を付けなきゃダメだよ??小さい岩城さんなんて、すんごく可愛かったんだから、攫われたら大変じゃんか!」
話が終わった後。香藤は、その当時の岩城の無防備さが、まるで昨日の出来事だったかのように、注意を促した。
「これから、不審者には充分、気を付けるように!いいね!?」
そして最後に、こう付け加えると、勢いに押されて頷いた岩城に満足して、よしっと香藤も大きく頷く。

その様子を思い返して、岩城はくすりと笑いを浮かべる。
目が覚めたら香藤に言ってやろう。

「香藤、俺はサンタに会ってたよ。不審者も、たまには悪くない。」

(終)

2005.12.18  ころころ


サンタに絡めてふたりの子供時代の差が興味深いですよねv
確かに香藤くん、欲しい物だらけのような気がする(笑)そんなあなたが愛しいですv 
岩城さん、素敵なプレゼントを(それも一生物 笑)貰ったんですね!
ころころさん、素敵な作品ありがとうございましたv