『 FULL KISS ―フル・キス―』



いつもいつも、傍で存在を感じたい。

それが、俺流・岩城さんの愛し方。
例え仕事で地球の裏側にいたって、会いたくなったらどうしようもないよね?
そんな時、テクノロジーが進歩した今の世の中に、心底感謝したくなる。

だって、どこにいたって岩城さんの声が聞けるし、そりゃ、声だけじゃ寂しいってのも本音だけど、でも、今は声だけじゃ・・・ないでしょ?


そう、今年の俺の武器は、『テレビ電話』なのだ。

「あのなぁ香藤・・・。何でもう一個携帯なんか持たなきゃならないんだ・・・」
深い溜息をついて肩を落としながら、呆れた表情で岩城は香藤に言葉を返した。

今、岩城の目の前にあるのは、リビングのテーブルに置かれたテレビ電話機能付きの携帯二つと、満面の笑みを浮かべた香藤だ。
悪意のない笑みで“俺って天才的発想の持ち主じゃない?”と言わんばかりに岩城を見つめる香藤は、岩城が心底呆れている事など、まるで気づいちゃいない様子である。

12月20日。
クリスマス本番まではまだ日にちがあるが、イベントごとが大好きな香藤は、例年通り早々とツリーを取り出してきては、連日岩城へのプレゼント探しに明け暮れていた。

そんな中、イブ当日は仕事で一緒にクリスマスを過ごせない香藤と岩城は、少しだけ早い
クリスマスを祝うべく、何とかオフを重ねて取る事に成功したのだ。

そこで香藤が腕によりをかけて作ったクリスマスディナーの後、いそいそと取出してきたのが、この、テレビ電話機能付き携帯電話だった。


「だってさ、これがあれば、俺たちが仕事で一緒にいられないときとか、すごい便利じゃん??いつでも顔見て話せるんだよー!?それに・・・」

途中まで言いかけて、ムフフと気味の悪い笑い声を上げる香藤に、岩城はますますもって呆れ始める。

「それに・・・何なんだ?薄気味悪い笑いはよせ」

「え、薄気味悪いって、ひどいなー!もう!だってさ、テレビ電話あれば、ね?ほら・・・俺たちがお互いしてるトコとか・・・見れるじゃん・・・?それって俺にとってはすごいお宝映像だからさー!テレホンセックスならぬ、テレビセック・・・・・・っ!いたっ!!!!」

整った甘い顔立ちを完全に崩しながら戯言をもらす香藤に、岩城はたまらずストップをかける。

「何すんのー!岩城さん!!」

「お前があんまりバカみたいな事言ってるからだ!俺にその手の話は地雷だって、いい加減学習したんじゃなかったのか!?」

「う、まぁ、それはそーなんだけど・・・・・・でも!ね?試しに持ってってよ?エッチはまぁ冗談だけど、イブの夜に顔見て話せるだけで、俺は嬉しいんだから!ね?ね?」



12月23日。

結局香藤の押しに負けた岩城は、翌年のバレンタインシーズンに合わせた新CMの撮影の為、朝早くから沖縄へと飛んだ。
寒波が見舞う真冬の東京。
ゼロ・ハリバートンの黒のボストンバッグに、キャメルのロングコート。
ポケットには、二つの携帯電話を忍ばせて。


12月24日。

外は、朝からちらつく小振りの雪。
前日遅くまで仕事だった香藤も、クリスマス特別番組への出演の為に北海道へ飛んだ。

生放送の出演は久しぶりだったが、香藤はシナリオの無い“生”の魅力が元々気に入っていたので、楽しかった。

無事放送を追え、滞在先の『JRタワーホテル日航』に戻り、眼下に広がる煌びやかな夜景を眺める。

そういえば・・・。
『冬の蝉』の撮影でクランクアップをして以来北海道に来るのは数ヶ月振りで、こんな真冬にまた来るなんて、いい加減妙なめぐり合わせだよなぁ・・・。

胸中をよぎる何とも言えない感情が香藤の内面をくすぐって、香藤は今、一人なんだと己の身を痛感した。
急激に込み上げてくる、寂しさ。

ベッドサイドの時計にふと目をくれると、もう、夜の10時だ。

「岩城さんも、そろそろ部屋で落ち着いた頃、かな・・・?」


やがておもむろにプラダのボストンバッグから携帯電話を取り出すと、香藤は、たった一つの番号しか入っていない電話帳を開いて、“通話”を迷いなく選択した。


トゥルルル・・・トゥルルル・・・。


「はい」

「岩城さん!?俺!やったー!本当に出てくれたんだねー!!」

「香藤か?はは、お前、本当にかけてきたな・・・」

何度目かのコールのあと電話に出た岩城の声は、言葉とは裏腹にどこかホッとしたような、穏やかなものだった。

「あ、まだテレビ電話接続中なんだねー。俺が前に撮った岩城さんの写メ、待ち受けで映し出されてるー♪」

少しトーンが上がった香藤の声を聞いて、岩城には、携帯のカメラの前で相変わらず表情を崩しまくっているであろう香藤が容易に想像できた。
そして、そんな岩城の携帯には、香藤が事前に登録していたであろう香藤の写メールが待ち受けとして映し出されていた。

「よし、繋がった!わーい、岩城さん、俺だよ、見えてるー!?」

岩城の持つ携帯のディスプレイの向こうで、香藤が手を振る。

たかだか2日とはいえ、離れている場所で香藤の姿を見る事が出来た事実は、思っていたよりもずっと、岩城の心を暖めた。

「ねぇねぇ、仕事は無事終わったの??」

「ん?ああ、何とかな。共演の子のOKテイクが中々出なくて時間押したけど、その分いい絵が取れたよ」

「そっかー。俺も久々の生放送で楽しかった。あ、ねぇ、そっちの天気、どう?」

「え?そうだなー、こっちは・・・」

ベッドの上で香藤からの電話を受けた岩城は、出窓へと向かい、遠くまで広がるネオンの海を眺めた。
『沖縄ハーバービューホテル』の最上階に用意された岩城の部屋は、視界を遮るものなど一つもない、地上の楽園だった。

そして、空を見上げれば、澄んだ空気の中に浮かぶ、無数の星。

「こっちはすごくいい天気だよ。星も出てるし、何より暖かいしな。来てきたコートもセーターも、暑いくらいだ」

「えー、そうなんだ!?いいなぁ・・・。北海道なんて、超寒いよ!?氷点下だしさぁ・・・。映画の撮影ん時も思ったけど、俺ってつくづく北国暮らしに向いてないよ・・・」


仕事の話から始まり、香藤が見つけたお気に入りのカフェの話、最近二人がハマッているフィギュアスケートの試合の話など、とりとめの無い話をいくつもした。

まるで、自宅のリビングで岩城と隣り合って話すように。

「ね、岩城さん。やっぱさ、顔見て話せるのって、いいね・・・」

「ああ、そうだな、それは認めるよ・・・。お前に押し切られて持ってきたけど、でも、よかったよ」

「んふふ・・・。やっぱね。俺って、岩城さんと繋がり持つ事に関しては、天才的でしょ?」

ディスプレイの向こうの香藤は、やっぱりバカッ面だ。

「天才的というか・・・まぁ、俺に、無断で引越してきたくらいの男だからな・・・。天才的というより、悪才的だ」

「えぇ!?何それ、もう!嬉しいくせにーーーー!!!!」


そして今度はふくれっ面を見せる香藤に、岩城は思わず噴き出した。
そんな岩城の綻んだ笑顔が香藤のディスプレイいっぱいに映し出されて、香藤は、本当に、文明の利器とやらに感謝した。

「ね、岩城さん・・・?そう言えば言い忘れてたんだけど、メリークリスマス、だよね?」

「え?ああ、そうだな。イブだったもんな。メリークリスマス、香藤。今年は一緒に過ごせなくて残念だったな」

「ん、でも、今年はこうやって顔見て話せてるからさ。俺はそれだけでも十分嬉しいんだよー??今までは声だけだったし。いや、それでも嬉しいんだけどさ。やっぱり、顔見れるのって嬉しい」


香藤の・・・言うことはよく、分かる・・・。

俺だって、香藤の顔を見て話せるのは嬉しいんだ。
今までは声だけで、香藤も言うとおり、それだけでも嬉しいんだが、押し寄せる寂しさは隠せなかった。

「ねぇ岩城さん。プレゼントはね、いろいろ考えたんだけど、すごく俺らしいものを選んだんだ。でも、まだ見せないでおくね?」

「ああ、うん。俺も用意してるよ。でも、俺もまだ見せないでおく。明日の夜には帰れるから、その時、直接会って手渡すさ」

「うん、俺もそのつもり!あ、もう12時過ぎそう・・・。岩城さん、明日も朝早いんでしょ??そろそろ寝たほうがいいよね・・・?」

リビングの時計を確認しようと後方を振り返った香藤の後頭部がディスプレイに映し出されて、その弾みで香藤の髪がサラサラと揺れて、岩城は衝動的に、香藤に触れたくなってしまった。

「あ、香藤・・・」

「ん?どしたの?岩城さん」

香藤のディスプレイに映し出されている岩城の顔は、どこか切なげで、何か言いたげな雰囲気を醸し出している。
自分の顔が映し出されているディスプレイをマジマジと見つめているであろう香藤の怪訝な表情に気づいて、岩城は慌てて平静さを装った。

「や、何でもない。うん、そうだな・・・。そろそろ、寝ないとな・・・。お前も明日はまた仕事あるんだろ?」

「え?うん、あるけど・・・。でも、どしたの岩城さん?本当にダイジョブ?」

まいったな・・・。

「ああ、大丈夫だ。そろそろ本当に寝るよ・・・。お前も風邪引かないように、ちゃんと暖かくして寝るんだぞ?」

逆にこんな、顔を見たせいで。

「うん、分かったよ。岩城さんも、暖かいだろうけど、油断しないようにね?俺の夢見て寝てねー!?」

香藤の顔が、またまた崩れる。

それを確認して岩城も、今度は呆れはせず、ただ、暖かい気持ちになって笑った。

「それじゃあ、岩城さん、おやすみのキス・・・」

まったく・・・。
やると思った・・・。

「ああ・・・」


そして、やがて互いのディスプレイの中で互いの唇がアップされていって、香藤はディスプレイの中の岩城の唇に、そして、岩城はディスプレイの中の香藤の唇に、そっと、キスをした。


触れた先はひんやりとしたガラス越しの画面だったが、しかし、互いがキスを交わしたのは、間違いなく愛する者の唇だと思えた。


本物のキスは、明日へと、残しておくよ、岩城さん・・・。


そしてもう一度おやすみを言い合って、二人は終話ボタンを、実に名残惜しそうに押した。




12月25日。

東京は、うっすらと雲がかかった程度の晴れに見舞われ、外を行きかう人々の群れは、昨晩のハッピーなムードを引きずったまま、足早にすれ違っていく。


岩城と香藤が再会するまで、あと数時間。

逸る気持ちを押さえ、仕事に向かい、やがて東京を、そして何より愛しい者が待つ我が家を目指す。



チキンとパニーニとサラダ。
少しのアルコール。

互いのために用意された、秘密のプレゼント。

そして、暖かいベッド。




今夜、二人至上最高のクリスマスが、始まる。

(「FULL KISS ―フル・キス―」2005年クリスマス企画・ルカ)


画面を通してだけど交わされるキスは素敵なキス・・・v
ぽわわわ〜んです(^.^) でもクリスマス当日はもっともっと熱い夜が待っているのですね!
忙しいふたりらしいクリスマスの過ごし方・・・感慨深かかったです
ルカさん、素敵な作品ありがとうございましたv