ウィ サンキュー
*本編では、こちらの「花園」掲載になっている自作「セイ ユー ラブ ミー」での 登場人物が含まれています。ご拝読いただいていない方でも十分ご理解いただける 内容になっていますが、若干、各登場人物の位置関係に通りが悪くなることもある かと思います。お許しください。 雨の中でロケを決行した次の日から、岩城は、酷くはないが、風邪気味だった。 幸い熱が出るわけではなかったので、年末に向かう多忙を極めるこの時期に、何 とか仕事を休まずに済んでいた。 ロケの3日後、岩城は、香藤、そして清水と一緒に、福岡に向かう飛行機に乗っ ていた。 博多に新設された劇場イベントホール、そのオープニングセレモニーに、多くの 著名人と共にゲスト として招かれていた。金子は空港まで皆を送り届けると、次の日の仕事の下準備 のため、東京に残った。 次の日、東京へ帰った2人には、午前10時から、同じく仕事が待っていた。 無事、福岡の空港に3人が降り立ったとき、空から白いものが落ちてきた。 それを香藤が見上げ、「わっ!!雪だよ、岩城さん」と、呼びかけた。 それは、12月24日、クリスマスイブの日だった。 新しいホールで、岩城と香藤は、特別枠でトークショーを行い、キャパシティ一 杯に入場している観客は、殆どがこの2人を目当てに来ている、と、そう、 誰もが確信するほどの反響だった。 カメラの持込が許されていたため、目が開かないほどのフラッシュ攻撃で、互い に顔を確認できないほどだった。歓声も凄く、声も聞き取れない状態だった。 小1時間のショーが終了し、後はホテルに帰るだけ、だった。 明日は、早朝の便で東京へ帰り、10時からのクリスマスイベントに、これも2人で 参加することになっていた。 完全に2人だけの4時間に及ぶラジオ放送でのトーク番組への参加で、この準備 のために金子は残っていた。 博多の仕事が終了したのは17時30分過ぎだった。 ショーが終わるや否や、清水が舞台袖に引いた2人に駆け寄ってきた。 「すみません、ちょっと説明をしている暇がないので、とにかく私と一緒にタクシー 乗り場へ行ってください」 血相を変えてそう言う清水に2人とも、えっ?という顔を瞬間、返しながら、それで も、永年の呼吸で、清水がそう言うのだから、とにかく今はそうするべき、 と、互いに何も訊かなかった。 3人で走り、裏手から待たせていたタクシーに乗り込もうとしたとき、後ろから清水が 呼び止められた。 「すみません、ちょっと、確認させてもらいたいことがあるんですが」 それは、このイベントの企画担当者だった。 清水は振り返り、頷くと、岩城と香藤に顔を向け、説明した。 「豪雪で明日、飛行機が飛ばないかもしれない、ということなんです。今夜の飛行 機は、全席満席・・・博多から18時26分に東京までの最終の新幹線がでます。 それに乗ってください」 そう早口で言いながら、切符を差し出した。それを香藤が手を出して受け取った。 「すみません、指定は取れませんでした。私も直ぐ、後から追いかけますが、とに かく、絶対にその新幹線に乗ってください」 それだけ言うと、清水は、後ろで待っている担当者のほうへ歩いていった。 2人ともが瞬時に時計を見て、急ぎタクシーに乗り込み、香藤が運転手に「博多駅 まで、急いでください」と、告げた。 タクシーは直ぐに発車した。 確かに、かなりの量の雪が降りしきっていた。 いったいいつの間にこんな景色になっていたのか、ずっと会場内にいた2人には、 全く予想外の景色だった。 「・・・清水さん、俺達が舞台にいる間に、切符、買ってくれてたんだ・・・」 そう、香藤が言うと、そうだな・・・と、岩城が答えた。 雪のため、道は混雑していた。 運転手が「何時ですか?」と訊いてきたので、「ええと・・・確か・・18時26分だったと 思うんですけど・・」と、答える香藤へ、運転手は、 「ぎりぎり・・ですね」と、言った。 そこへ、岩城の携帯に、清水から電話が入った。 出ると、清水が「今、タクシーに乗ったところです。道が込み合っているみたいで、もし、 私が間に合わなくても、絶対に待たずに、新幹線に乗ってください」 と、緊張した声で告げてきた。 「判りました」と、ひと言答えて、岩城は電話を切った。 そのことを、香藤に告げると、香藤は再び時計を見て、「岩城さん、走れる?」 と、訊いてきた。 岩城は黙って頷いた。 駅に着いたのが24分、転げるように車から降りて、階段を走り上がる2人の耳に、 ホームからのベルが聞こえてきた。 走る2人の姿を見て、多くの人間が歓声のようなものをあげていた、が、そんな事に かまってはいられなかった。 香藤は、岩城の腕を掴んで走り、ホームに出た。そして、駆け込み乗車はしないでくだ さい、と言うアナウンスを耳にしながら、止まっている新幹線の1番近いドアに向かって 走りこんだ。 岩城が香藤にひっぱられるように足を引き入れた、その瞬間に、スーっとドアが閉まった。 2人とも、肩を揺らしてハアハアと、息をついていた。 雪の中、新幹線は無事、博多から静かに発車した。 ややして、少し気分が落ち着き、辺りの様子が判るようになると、そこは、200%ともいえる 満員状態だった。 席が在る無しの問題以前に、個人のスペースを確保するだけでも、至難のわざともいえそう なほど、通路まで人が溢れかえっていた。 この便を逃すと、東京まで行く便はない。 天候のことを考えれば、皆、考えることは一緒だった。 走り乗り込んできた2人を見て、あっ、という表情をする者も多かったが、これだけの悪条 件の中、皆、直ぐに自分の居場所のことだけを考えるようになっていた。 何を話しても、全て、周りの人間に聞こえてしまうので、2人は黙ったまま、並んで、壁に背を もたれ掛けて立っていた。 暫くして、小さな声で香藤が「清水さん、どうするのかな」と、訊いてきた。 「そうだな・・・多分・・博多に泊まるだろう」と、答えた。 その声が、少し元気がなく感じられ、「大丈夫?岩城さん」と、香藤は訊いた。 岩城が数日前から風邪気味であったことを、思い出した。 「大丈夫だ」と、小さく岩城が答えた。 香藤は少し岩城に体を寄せ、岩城が寄りかかれるようにした。そうして飛び乗ったその場所に 立ったまま、2人で揺られていた。 1時間ほど過ぎた頃、香藤は、岩城の体重が、僅かに重たくなって、寄りかかってきていることに、気がついた。 横を見ると、そこにある岩城の額には、汗が滲み出ていた。 「岩城さん!」 香藤の呼びかけに、「大丈夫だから」と、小声で岩城は答えた。 額に手をやると、熱いわけではなく、逆にヒヤッとした感触だった。 「気分、悪いの?」 「・・・少しな・・・」 車内の空気は最悪だった。 駅についたときに開くドアから、入り込む冷たい空気、それが救いだった。 香藤が周りをみると、殆どの人間が、荷物や雑誌の上に座り込んでいた。 「岩城さん、座ろ」 そう言って、香藤は自分が羽織っていたロングのダウンコートを脱いだ。 岩城が「しかし・・・」と、やや躊躇するのを、腕を引いて、香藤は「皆、座ってるし、後4時間近くは あるよ」、と、言った。 納得して、腰を下ろす岩城の方へ、脱いだダウンを敷き、その上に座らせると、自分はその横に身をつけて、床へ直接座った。 そして、そのダウンを岩城の側から2人の上に回し、掛けた。 コートに腰を下ろすことをためらって、そのコートに自分だけが座ることも拒みかけた岩城に、 「いいから」と言って、半強制的に座らせた。 強く抗うだけの気力が、今の岩城にはなかった。 何故、香藤がコートをかけたのか、直ぐに判った。 体が外部の視野から隠れる、それだけで、岩城は、随分緊張が解け、気持ちが楽になった。 香藤は背後から、岩城に手を回し、そっと、その背を摩っていた。 目を瞑った岩城の顔が、少し香藤の胸に寄りかかり、コートの下で、片腕が香藤の体に沿ってきた。 その手を、香藤はしっかりと握り締めた。 岩城の顔色は、青ざめていた。 多くを語れないこの今の状況で、香藤は、大丈夫・・・俺がついてるから、と、心の中で呼びかけていた。 少しすると新幹線は広島を過ぎ、岡山に向かっていていた。 後3時間・・・せめて冷たい飲み物でもあれば、と、香藤は思っていた、が、この状況では、車内 販売は勿論のこと、売り場まで行くことも不可能と思えた。 この場に居合わせている周りの客が、自分達を放って置いてくれる、それが救いだった。 膝を曲げ丸くなっている2人は、目を瞑って黙っていた。 香藤は眠ってはいなかった、が、横の岩城も、目を閉じてはいるが、眠れてはいないだろう、と、思った。 カシャ、というシャッター音のようなもので、香藤は僅かに眼を開けた。 目の前に1人の若い男が立ち、カメラを手に、2人を写していた。 まばゆいフラッシュの残像が辺りに残り、皆、瞬間、はっとしたが、何も言わなかった。 男が、立ち居地をやや2人の近くまで移動し、再びカメラを構えた、そのとき、香藤が静かに 口を開いた。 「止めとけよ」 その男は、それでも、構えたカメラをそのままに、シャッターを切ろうとしていた。 香藤は、今度はしっかりと眼を開け、その男を見上げた。そして、再び、言葉を発した。 「病人がいるんだよ、見りゃ判んだろ」 「・・・いいじゃん、減るもんじゃなし・・・」 そう言いかけた男に、香藤は目線を定めて、今度ははっきりと言葉を口にした。 「もう1度シャッター押したら、最初に撮ったやつも、返してもらうぞ」 そこまで言うと、横から岩城の、「かと・・う・・・いいから・・」と言う、弱い声が響いてきた。 それと同時に後ろから、「そうですよ、君、止めておあげなさい」、と言う声が飛び込んできた。 驚いて振り向くと、なんと、そこには、二見が笑顔で立っていた。 「二見先生!!」 思わず香藤が声をあげ、その声に、岩城も僅かに目線を送り、そこに立っている二見を認めた。 二見宗司。それは、以前、ドラマの主題歌で世話になり、また、それ以上の世話になっても いた、作曲家だった。 やや周りがざわつきだし、その男へ、「そうだ、止めろよ」などという声が、聞こえだした。 男は、そそくさと、ばつが悪そうにその場を後にした。 「お久しぶりです、先生」と言いながら、立ち上がろうとする2人を制し、二見のほうから腰を折ると、「どうしましたか?」と、あの懐かしい口調で訊かれた。 それに対して香藤が、「ちょっと・・・岩城さんの体調が優れなくて・・・」と、説明した。 「そのようですね・・・」と、やや心配そうに、岩城を見た。 岩城は、精一杯の笑顔で「すみません、せっかくお会いできたのに、こんな状態で・・」と口にしていたが、その口調は、しっかりと、万全ではない状態が感じ取れる声色だった。 「どちらまで、行かれますか?」 柔かに訊かれ、香藤が「東京へ戻るところなんです。博多から・・・明日朝、帰るつもりだったん ですが、雪で飛行機が・・」、と言うと、 「そうですね。明日は・・・飛ばないでしょう」と、二見が言った。 「はい。それで、俺達、明日、どうしても外せない仕事が入っていて、急遽、これに乗り込んだん ですけど・・・ちょっと、数日前から風邪で、岩城さん・・・」静かに頷きながら、聞いていた二見だった。 久しぶりに見る二見は、変わらず、温和で柔かなムードを携えていた。 「先生はどうして?」 「・・・私も博多でちょっと集まりがありました。それで、今・・・」と、そこまで話した二見が、 やや言葉を切り、そして続けた。 「丁度いい、私は岡山で降りますから、どうぞそこへ座ってください」 「えっ?」 「いえ・・・東京まで帰るつもりで、指定は取っていたのですが、ちょっと岡山に寄る用事が出来 たので・・・ですから、そうしましょう」 それには、黙っていた岩城が反論した。 「いえ・・先生・・そんな事は出来ません、お気遣いはありがたいのですが・・・」 「そうです。いいです、俺達、何とかこうしていれば・・・」 2人ともが、二見が口にしていることが嘘、だと、感じていた。 しかし、二見には全く迷いが見られなかった。 「さあ、立ってちょっと私に付いてきてください」 腰を挙げ、そう言う二見に、さすがに2人とも立ち上がり、「ちょっと、先生、待ってください」と 言いながら、引き止めた。急に立ち上がった岩城の体は、瞬間、ズズッと壁に沿って傾きかけた。 それを慌てて香藤の腕が掴み支えた。 二見が、「ほら、ごらんなさい、大丈夫じゃないでしょう」と、笑顔で口にした。 それでも頑として、岩城が首を縦に振らなかった。そんな事を、二見にさせるわけにはいかないと、弱った体でも、判断できた。勿論、香藤も同じだった。 そんな2人に、二見はやんわりと言った。 「・・・では、こうしましょう。東京にお帰りになってから、是非1度、家へ、石田さんの料理を食べ にいらしてください。それをお願いする、ということで・・」 「・・・・・・」 2人は、どう判断するべきか、迷っていた。 そんな事は、頼まれなくても、行くことに何ひとつ問題などなかった。 黙っている2人に、二見は笑って口にした。 「・・私からの、お2人への、クリスマスプレゼント、ということで、是非、受けていただけると、 私もとても嬉しいのですが・・・」 香藤は岩城を見た。 横で岩城が小さく頷いた。 それを見て、二見が、「よかった、では、行きましょう」と、さっさとその場を後にした。 香藤は、岩城の体を支えながら、込み合った車内を、人を縫うようにして、二見を追った。 指定席にまで入り込んでいた立ち客は、さすがに、グリーン車には、誰も入り込んではいなかった。 グリーン車のドアが開き足を踏み入れると、その整然とした空間は、まるで天国のように安ら ぎを与えた。 二見は、自分の席に行くと、「工藤さん、早くしないと、もう岡山に着きますよ 」と、その横に座っていた男に話しかけながら、自分も、コートを手に荷物を棚から取り出した。 男は、「・・・?先生!!何言ってるんですか?岡山って・・・」と、狐につままれたような表情を 向けた。そのとき、通路に岩城と香藤の姿を認めた。 「・・・??」 さらに困惑した顔になっている、その可愛そうな男に、二見は優しく、でもきっぱりと、 「工藤さんこそ、どうされたんですか?先ほどお話したでしょう? 岡山に寄る、って。そうでしたよね」と、そう告げた。 「先生・・・俺達やっぱり・・・」と、香藤が後ろから声をかけた。その香藤の腕の中で、岩城の体が 僅かに崩れ、ググッと体重が寄りかかってきた。 はっとして、香藤は、岩城を強く支えなおした。 貧血を起こしている、と、思った。 そんな様子を見て、男は、諦めたように、自分もコートと荷物を手にし、「ああ、そうでしたね、 すみません、勘違いしてました」と、口にした。 二見はニコニコして、「では、私達の切符を、この方たちに渡してあげてください」と、言った。 香藤は、「先生、本当にいいんですか?」と、自分達の切符を、差し出されたものと交換しなが ら言った。まだ、心では迷いがあった。 しかし、二見はそんな香藤を見ると、「・・?何がですか?」と、言って、男に、「さっ、早く行かな いと、もう、岡山に着きますよ」と、振り向きもせずにその車両から出て行った。 二見が出て行ったときには、既に、岡山の駅に、車両は滑り込んでいた。 空いた席の窓際に、岩城の体を座らせ、香藤は、後ろの人間にひと言断ってから、リクライニ ングを倒そうとした、が、岩城が、香藤の手を押さえ、それを止めた。 香藤は黙って自分も座ると、ふたつの座席を仕切っているアームを上げ、岩城のネクタイを緩 め、胸元のボタンを外した。 「・・・すまない・・・香藤・・・」 小さく呟く岩城に、「何、言ってんの」と、汗が浮かんだ額を、ハンカチで拭いた。 すると、岩城の体が、ゆっくりと、自分の膝に横たわってきた。 やや驚きながら、香藤は、何故先ほど、リクライニングを岩城が止めたのかを、そのとき理解した。 香藤は黙って、その体に、自分のコートをかけた。 僅かではあるが、プライベートな空間に包まれ、岩城はそっと目を閉じたまま、青い顔を僅かに 下へ向けた。そして、小さく、「二見先生には・・・・申し訳ないことをしてしまった・・・」と、呟いた。 「・・・うん」と、香藤は答えて、先ほどと同じように、岩城の後ろに手を回すと、その背中を優しく 摩った。そして、言った。 「帰ったら・・・2人で行こ・・・先生の家へ・・・きっと石田さんも喜ぶよ」 岩城が黙って、コートの下で、右手を香藤の膝へと伸ばしてきた。 その手を、香藤はしっかりと握ってやった。 今の状態で、香藤が岩城に与えられる、最大の特効薬、だった。 そうやって2人は、思いがけず与えられた座席に並んで、新幹線の車内で今年のクリスマス イブの夜を過ごした。 決して喜べる状況ではないにもかかわらず、香藤はなぜか胸に暖かな幸せを感じ、また、 岩城は、東京へ着くまで、じっと体を横たえたまま、香藤の手を離さなかった。 とても不思議な時間だった。 岡山の駅に降り立った二見は、「まず、宿を探しましょうか?」と、工藤に言った。 「はあ・・・」 そんな声を返してくる工藤を見て笑いながら「じゃ、ちょっと駅の案内所へ行ってみましょう」 と、二見が言った。 その後、駅の案内所で、無事、今夜の宿を手配できると、駅の外へと歩いて出た。 そこは、博多ほどではなかったが、やはり同様に、雪景色だった。 工藤がタクシー乗り場へと歩き始めると、その後ろで、「歩きませんか?歩いても10分くらい でしょう?」と、二見が提案した。 もう工藤も諦めていた。 そんな工藤を見て、「雪の中を歩くのも、いいもんだと思いませんか?」と、笑顔で二見が言い、 2人、キュキュという音を立てながら、白っぽい世界の中へ、足を踏み出した。 少しして、「申し訳ありませんでしたね」と、二見が改めて口にした。 「いえ、もう、それはいいです、けど、先生、岩城さんと香藤さんとは、そんなにお親しかったん ですか?」 「・・・いえ、それ程親しい、と言うわけでは・・・ただ、お仕事をご一緒させていただたことがある、 というだけです」 「えええっ!!それで、あんなにあっさり、席、譲っちゃったんですか?」 「・・・ええ・・・でも、放ってもおけないでしょ?」 「・・・・先生・・・人が良過ぎです・・・」 「・・工藤さんも見たでしょ?『岩城さん、体調が悪くて・・・』って、そう言う香藤さん、泣きそうな 顔してましたし・・・・」 そう言うと、二見は楽しそうに、クスクス笑い出した。 そんな二見に工藤は、思いっきり深い溜息をついていた。 「・・・私は、直接お会いしたのは、今日が初めてだったんですが・・今までは、まあ、よく言う、 世間を騒がせている程度の事くらいしか、知らなくて・・・私には、正直、全く理解できない世界、 ですけど・・・」 そんな事をぼそっと口にする工藤に、二見は、そうですね、と言い、少し置いて、話し始めた。 「きっと・・・あの2人は、工藤さんが考えるのと同じように考える人たちが、圧倒的に多いこの 世の中で、ごく普通の幸せ、を手に入れることも、大変でしょうね。世間が・・・当たり前に認め てくれる恋人に比べて、ずっと真摯に自分達の関係と向き合わなければ・・・」 工藤は、黙って、ぽつぽつと語られる、二見の白い息に混ざった言葉に耳を傾けていた。 「たとえば・・・」 そう、二見は言って、少しして、言葉を繋いだ。 「たとえば・・・言葉ひとつ、行動ひとつにしても、人一倍、気を使う・・・そうしなければ・・・ 今日のような場合・・・・ ある意味、さらし者になってしまう怖さがある・・・・どうしなくても、世間が好意的に受け止めて くれる、そんな関係に比べ、彼らが、同じように受け入れられる・・・そのためには・・・努力が 必要でしょう。多分・・・・」 そこまで言うと、二見は、再び考えていた。 そんな二見を見て、工藤は、「いえ、私は偏見を持っている、と言うわけでは・・・」と、言いかけた。 二見は、「ええ、判っています」と、口にした。 そして、少し寂しそうに口にした。 「いえ・・・私は今日、ちょっと、感じたんです・・・床に座って小さくなっている2人を見て・・ 多分・・・・・多分この2人は、必要以上に、周りに・・・・・」 周りに・・・どうだろう、と、自分が感じた思いを正確に言い表せる表現を、二見はやや模索してい るかに見えた。そして、静かに口にした。 「必要以上に、周りに・・・・謙虚である・・と」 二見の言葉が白い世界に、消えていった。 工藤は、先ほど席を立って2人の横を抜ける、そのときに、香藤が何度も頭を下げていた、 その姿を・・・また、多分具合がかなり悪い、そんな状態の岩城が、小さく「申し訳ありません」と、 口にしていた、それらのことを思い浮かべた。 想像していたよりは、ずっと、そこに見た2人の姿に強さは感じられなかった。 黙って歩く工藤に、二見が、「ああ・・・すみません。つい、語り過ぎてしまいました・・・」と、 恥ずかしそうに笑った。 「いえ・・・お伺いできて・・・よかったです」 そう、工藤は答えていた。 そんな工藤に、ちょっと子供っぽく、二見が、「それに・・・イブ、でしたから・・」と、ボソッと口にした。 「・・・イブ・・?クリスマスイブ・・ですか?」 「ええ・・・」 二見はやや足を止め、空を見上げた。 雪明りで、闇が照らされていた。 「床に座っている2人は・・・間違った場所へ落ちてきた天使のように私には感じられました・・・ だから・・・・・プレゼントをあげました」 そんな事を言う二見の声は、普通に聞かされれば呆れそうなセリフが、今の工藤には、 なぜかとても新鮮に感じられた。 それぞれが、それぞれの思いで過ごした、イブの夜だった。 次の日、岩城の体調も、完全ではないにしろ、大事に至ることもなく、無事、予定されていたラジ オ番組へ出演することが出来た2人は、エンディングとなる曲に、 二見が作詞作曲を手がけた自分達の曲、「リターン」を選んだ。 ゆっくりと、クリスマスの時間にイントロが流れはじめ、香藤が静かに言葉を重ねた。 「俺達に素敵なクリスマスプレゼントをくれた人に、感謝の気持ちをこめて贈ります。 ウイ サンキュー」 暖かな愛と感謝の気持ちを込めた香藤の言葉と曲が、クリスマスに寄り添う、 様々な時間の隙間を縫って、白い街の中を二見の元へと飛んでいった。 2005.12 比類 真 |
『間違った場所へ落ちてきた天使のように・・・』の言葉が印象的です
現実的には色んな事があるふたり・・・でもきっと、彼らは誰よりも幸せなのだと・・・
二見さんの想いが色んなものを語ってくれるようです・・・・メリークリスマス・・・
比類さん、素敵な作品をありがとうございましたv